34人が本棚に入れています
本棚に追加
~12. ルナの独白、その愛
月に向かう軌道にルナとカミナを乗せたサジタリウスは在った。
その中でルナは新星暦初の宇宙飛行士として地球に生きる人々に向けてインターネットを含めた全ての放送チャンネルを通して静かに語り始めた。
宇宙服を着ていてハッキリとはルナの顔は判別出来なかったがサジタリウスの船内の様子も映し出されていた。
「私達は今、月と地球の間にある宇宙ステーションに向けて航行しているポッド サジタリウスの中に居ます。
今回の私達のミッションは、現在地球に向けて接近中の巨大隕石の軌道変更、または破壊する事です。
この巨大隕石の名は『エラスティス』…
この名前でこの隕石の正体を分かる方も居らっしゃると思いますが、多くの方はこのエラスティスの事をご存知ないと思います。
このエラスティスこそは、179年前に起こった『月の涙事件』を引き起こした隕石の、地球に落下しなかった残り半分です」
この放送を視聴していた地球の人々の反応は推して知るべしだった。
二度までも地球に厄災をもたらそうとするエラスティスに人々は恐怖した。
絶望する者。
怒る者。
祈る者。
希望を託す者。
不安に押し潰されそうになる者…
その反応は様々だった。
ルナはそんな反応を予想しつつも話を続けた。
「エラスティスは『恋人』と言う意味で、遥か遠い宇宙で出会った隕石同士が衝突してくっ付いた隕石です。
エラスティスは太陽系の重力に捕まり飛来したのですが、その恋人の別れた片方が地球に落下したのが『月の涙事件』です。
そして再びもう片方も地球への衝突コースに乗っています…
私達が乗るこのポッドがサジタリウスと名付けられたのはこのエラスティスを確実に狙い撃つ為の祈りを込めての事です。
しかしそのエラスティスに対処するのに私とキャプテンのカミナの二人だけと言う事に不安を感じられる方も多いと思います。
それで私は地球の皆さんに冷静に行動していただく為に、このミッションの詳細を説明をしたいと思います。
ですから落ち着いてしっかり私の話を聞いて欲しいと思います… 」
そのルナの言葉に世界の政府の人々から一般庶民までが耳を傾け、話すルナを皆が見つめた。
「まず、地球を出発したのは私達二人ですが、今回実際にエラスティスに降り立ち作業をするのはもっと大勢で行います」
地球でこの話を聞く99.9%の人は何を言っているのか理解出来なかった。
分かっているのは櫻子、櫻子から話を聞いていた天野教授、村正、新種子島宇宙センターで説明を直に聞いた技術スタッフくらいだ。
日本の総理大臣ですら詳細は分かっていなかった。
「信じられないかも知れませんが、月にはこのミッションに参加してくれる多くのアンドロイドが私達を待っています。
そして今、私の隣に居るこのサジタリウスのキャプテンをしているカミナ…
彼自身もそのアンドロイドであり、月で待っているアンドロイド達の指揮を取るリーダーです」
ルナは地球の人々や科学者の驚く様子が容易に想像出来た。
自分の中のアシュレイにしてみれば分かりきった事だったが、ルナ自身にしてみれば今自分の口から発せられている内容は信じられない次元の話だったのだから。
「驚かれたり信じられない方がほとんどだと思いますが、私達が月に到着したら、月の基地から改めて映像と共に放送を行います。
この様子を見ていただいた上で、このミッションを完遂した暁には、この技術は地球に還元されて行く事になるでしょう…
その話についてはまた月に到着した後の放送でお話しさせていただきますが、私自身についてのお話しをさせてください。
その為には前置きが必要なのですが、御付き合いいただけると幸いです。
… 179年前、月の涙事件が起こるより前、世界は量子コンピューターによって人間だけでは解決出来なかったあらゆる諸問題を解決し、戦争、差別、貧困、疫病等を駆逐した世界が実現されていて、人類史上最高の栄華を誇っていました。
ただそれは量子コンピューターによって『支配』されていた訳ではなく、人々の希望を実現する為の最善の選択肢を量子コンピューターが示し、当時の政府がその選択肢を実行する事で得られていた繁栄でした。
量子コンピューターとスーパーコンピューターと呼ばれる古典コンピューターの組み合わせで、無限の可能性の中から人間が希望する社会を実現する為の最適解を導き出し、その決定は人間に委ねられていました。
当時、人工知能の技術も進んでいましたが、あくまでも人間の未来は人間が決めるべきとの考えで人工知能と量子コンピューターは切り離されていました。
ですが例外の計画が一つだけ進んでいました。
それは月面基地に外宇宙観測の為の前線基地の頭脳として造られていた最新型の量子コンピューターにだけは『好奇心』と言う、人間よりも更に深い探究心を持って宇宙の神秘に近づく為に人工知能を持たせる計画でした。
その人工知能を持った世界初の量子コンピューターの名前は『KAMINA』です。
お気付きになった方も居らっしゃると思いますが… ここに居るサジタリウスのキャプテンカミナは、その量子コンピューター『KAMINA』の分身… 人型アンドロイド端末です。
そして… 前置きが長くなりましたが、私、灰月 ルナは… その人工知能搭載型量子コンピューター『KAMINA』の主任設計者です」
ルナの独白に世界の人々は言葉を失った。
余りにも突拍子もない話に頭がついて行かないのだ。
こんな話を信じられる方が余程おかしいと思うのは当然の反応だった。
その反応の一つ一つをルナが知る事が無かったのはルナの精神衛生上幸運だったのだが、どんな反応が起ころうともそれは事実であり、地球の人々の反応を知る必要も今のルナにはなかった。
「ですが私は今世紀に日本で生まれ、現在大学院に通う普通の学生で、父と弟が家で待っています。
『普通の人間』として日本で生まれ育った私が、何故180年前の計画に関わっていたかについては後程『天照』より情報が提示されると思いますので、そこの説明は今は省かせてください。
当時ほぼ完成していた月の『KAMINA』が世界の量子コンピューターに承認される前に残念ながら月の涙事件が起こってしまい、皆さんご存知の悲劇に地球は見舞われてしまいました…
その後の地球の歴史は量子コンピューター『KAMINA』とは切り離されてしまいましたが、月では人間が居なくなった後でも施設の維持、発展と共に地球の環境の早期回復の為の手段を講じていました。
そして、本来の目的である外宇宙の探索も行い続けてくれていました。
そして何より量子コンピューター『KAMINA』は、地球に帰還していた私を永い時間を掛けて見つけ出してくれました。
そして私と… 今隣に居るキャプテンカミナは出逢う事が出来ました…
そして私は自分の過去と地球に迫る危機を知るに至りました。
抗えない運命に悩む事もありましたが…
その間に私は彼に命を救われる事件もありました。
私は彼に対して、彼を作った科学者としての感情… 想い、情熱、愛しさを元々持ち合わせていました。
ですが今生の出会いにおいて、私は今の私として芽生えた新たな想いに気付いたのです… 」
そう言うとルナはカミナの方を見た。
カミナもその視線に自分の視線を合わせた。
少しの沈黙の後、ルナはカメラに向かって話を続けた。
「今の私は、彼を、カミナくんを愛しています… 」
ルナは世界に向けて宇宙から量子コンピューターでありアンドロイドであるカミナへの愛を告白したのだ。
「ルナさん… 」
カミナも予想外のルナの告白によって芽生えた『感動』と言う感情を学習していた。
世界の人々が、その叶うのかどうかも分からない予測不能の愛の告白の行方に様々な想いを芽生えさせた。
「私達の命、そしてこの先私のこの感情がどうなるのかまだ分かりません…
ですが、この可能性の先を自分で確かめる為、私の家族の為、そして地球の皆さんの未来の為に、この危機を必ず乗り切り、このミッションを成功させる覚悟です。
… 私達二人はこの後、宇宙ステーションから迎えに来てくれている連絡艇とのランデブーを行い、最初に宇宙ステーションへ向かいます。
その後に月面基地『MB』に向かいます。
その間の情報は天照を通して世界中に状況報告があると思います。
私達は全力でエラスティスの危機に対処します。
ですから皆さん… 今の日常を大事にしてください。
人間の尊厳を失う様な事はしないでください。
助け合いながら、日常の暮らしを護ってください。
そして、私達に『祈り』と言う力を貸してください…
よろしくお願いします…
これでサジタリウスから、灰月 ルナの放送を終わります」
そうしてルナは放送を終えた。
地球では早速天照を通じて今の話の情報が180年前の映像を交えながら世界へ伝搬された。
ルナとカミナの愛の行く末もSNSでトレンド入りするほど話題になった。
「ルナさん… ボクは… 」
カミナは自分の中の新しい感情をどう表現して良いか戸惑っていた。
「カミナくん… これはルナ・アシュレイとしての私じゃなく… 灰月ルナとしての気持ち… 」
ルナは恥ずかしそうに、でも偽らざる気持ちをカミナに伝えた。
「ありがとう… ルナさん… 」
カミナもそれしか言葉が見つからなかった。
~.
しばらくするとサジタリウスの先に先行する連絡艇が減速しながら速度をサジタリウスと同軌させ、近付いて来た。
サジタリウスもイオンエンジンで姿勢制御を行い、サジタリウスのハッチの向きを連絡艇上部にあるハッチ側に固定した。
連絡艇から通路が伸びて行き、サジタリウスのハッチと正確に密着させる事に成功した。
サジタリウス側のハッチをカミナが開き、二人は連絡艇へ手を取り合って向かった。
連絡艇のハッチは機体上部にある為、通路の長さは4m程度の長さだ。
連絡艇のハッチも直ぐに開いた。
二人は連絡艇側に滑り込む様に入ると、連絡艇のハッチを閉じた。
そして連絡通路は丸ごとパージされ、サジタリウスはゆっくりと連絡艇から離れて行った。
いや正確に言うと連絡艇が加速をかけたのだ。
そのサジタリウスの状況は新種子島宇宙センターでも把握出来ていた。
二人が無事に連絡艇へ移乗した事で、NEO JAXA側で予定されていたミッションは100%完了した。
打ち上げに関わったスタッフ達は皆胸を撫で下ろすと共に喜びと、新たな不安を同時に感じ、また二人のこの先を案じた。
それは自分達の未来についても同様だった。
艇内のハッチの開閉状態を示すランプがレッドからグリーンに変わった。
次に気圧が1気圧に調整されると連絡艇内に通じるドアが解放された。
二人がドアを抜けると、一人の少し明るめなブラウンの髪をした女性が笑顔で二人を迎えてくれた。
ルナはその女性に見覚えがあった。
こう言う宇宙艇にはよく乗っている女性型アンドロイド乗務員だった。
つまりキャビンアテンダントのアンドロイドだ。
ルナの髪の色、カミナの髪の色に合わせて違和感を醸し出さない髪の色に設定されていたのだ。
宇宙ステーションやMBでは人間に威圧感を与えない雰囲気に設定された様々な人種、年齢を模したアンドロイドが働いていた。
そしてアンドロイド達はカミナには遠く及ばないものの、自分の業務に必要なレベルの人工知能を持っていた。
状況に応じてKAMINAから情報をダウンロードされ、その場に応じた対応が可能だった。
そのキャビンアテンダントは二人を座席へと案内した。
カミナは自分とルナの宇宙服を楽な私服の姿に変えていた。
キャビンアテンダントは二人に「お疲れ様でした」と労いの言葉を掛け、一旦飲み物を容易する為に連絡艇のギャレーに下がった。
無重力状態でもグラスに液体が張り付き零れない仕掛けのしてある特殊なカップに、二人が共有した事のある味、全く同じ成分のホットコーヒーが注がれた。
そう、『Cafe ROUTE to the Sky』で味わったコーヒーの成分はKAMINAによって解析され、ここに準備されていたのだ。
コーヒーの準備を終え客室に戻ったものの、二人の姿が目に入ったキャビンアテンダントは少し微笑み、再びギャレーに戻った。
「カミナ… 」
ルナはカミナの頭を優しく抱いて、自ら顔を寄せ初めて自らの感情をさらけ出し、唇を重ねていた。
「ルナ… 」
カミナもルナの腰に手を回し、無重力の中でルナの柔らかな身体を感じていた。
臓器の温度が上がる様な今まで感じた事のない感覚があった。
そこに量子コンピューターとしての計算など一切無かった。
カミナは自分がアンドロイド端末なのか量子コンピューターなのかも分からなくなりつつあった。
それは 高度な' N.D.B ' で出来た身体のせいかも知れない。
その瞬間だけはすべてを忘れて、二人はお互いを感じ合っていた…
最初のコメントを投稿しよう!