~1. 果たされた約束

1/1
前へ
/50ページ
次へ

~1. 果たされた約束

二人の乗る連絡艇は、ラグランジュ1にある宇宙ステーションへのスペースポートへ近付いていた。 『レーザーアンカー接続』 連絡艇のコンソールに表示される。 連絡艇は宇宙ステーションのスペースポートから伸びる光のアンカーと繋がり、正確にポート内へ導かれて行く。 ルナはこの宇宙ステーションを見るのは初めてなのに、初めてじゃない感じがするのはアシュレイの記憶があるからだ。 ここに到着するまでの間に宇宙の星々を見た時も、『灰月 ルナ』にしてみれば非常に新鮮な星空だったのだが、『ルナ・アシュレイ』の記憶の為に新鮮なのに懐かしい感覚を覚えていた。 ' そうだ… 星々はこんなにもクリアで、地上で見える星空とは全く比較にならない程美しかったんだ… ' ルナはそんな感傷に浸っていた。 ' 宇宙ステーションを最後に見た時は、エラスティスが割れて地上に落下する前に地球へと出発した時だった… ' あの時のアシュレイの記憶がルナの心を締めつけた。 しかしこの宇宙ステーションが近づくにつれ、アシュレイの記憶は懐かしさと共に若干の違和感を感じていた。 アシュレイの記憶にある宇宙ステーションと今目の前に見えている宇宙ステーションの形状に違いがあるのだ。 「カミナくん、宇宙ステーション、何か変わってない? 以前と雰囲気が全然違う… 」 「ああ、それはこの179年の間、より便利になる様に増改築と整備を進めていたからね。 きっと中を見ればもっと驚くはずだよ」 ルナの記憶よりもこの宇宙ステーションはずっと整備が進んでいて、規模も大きくなっていた。 カミナの話に拠れば、月の涙事件以降も、KAMINAがMBの維持、管理、開発及び宇宙ステーションの維持管理、増改築を行っていたのだ。 資源衛生の開拓から資源を得て、ルナはもとより人間がまた月での活動を再開する時により良い環境を作っておく事も、KAMINAは怠らなかった。 他にもMBで開発した外宇宙観測用の衛星や、宇宙望遠鏡なども月の裏側のMB2や、ラグランジュ2に設置していた。 KAMINAは出来うる限りの環境整備を自分の役割と心得、実行していた。 その目玉の一つが宇宙ステーションの整備だった。 ただその目玉についてはカミナはルナに直接見て欲しいと言って教えてくれなかった。 余程の自信作なのだろう。 そうこうしている内に、連絡艇は巨大なスペースポート内の一角にスムーズに接舷完了し、伸びてきた連絡通路がエアロックに繋がった。 連絡艇エアロック内で宇宙服のヘルメットをし、連絡艇の搭乗口の扉が開いた。 カミナはルナの手を引き、スルスルと連絡艇の扉を抜け宇宙ステーション内のエアロックへ移動した。 約三日を過ごした連絡艇はそれなりに快適で、休息がしっかり出来るだけでなく、娯楽設備もそれなりにあった。 しかしカミナと二人でなければ三日間と言う宇宙の旅は辛かったに違いなかった。 ' やっと降りられる… ' 179年前、地球に降下したのあの日は地球が心配でそれ所ではなかったが、今回は逆の意味でのルナの本音だった。 何しろ動いているのかいないのかさえ怪しく思える広大な宇宙空間の中で、エラスティスだけは確実に接近しているのは間違いない事実だったのだから、早く次の工程に移行したかった。 その為にはまずこの連絡艇から『降りる』と言うのが一つの区切りだった。 まず①宇宙へ出て、②連絡艇に乗り、③宇宙ステーションに到着し、④その後MBに向かい、⑤KAMINAにエラスティスの加速による地球の重力圏からの離脱、または軌道変更及び万が一の際は破壊する許可をルナが出す。 ここまでクリアしてようやく最後の工程、⑥エラスティスへ実行部隊を向かわせる事が出来るのだ。 この工程の③にようやく到達したのだ。 エラスティスが地球に落下するのはこのまま放置すれば九日後の11月20日未明… つまり最悪エラスティスを破壊するならば安全を期するならば11月15日には破壊しておかねばならない。 既に今日は11月11日だ。 後四日で残り半分の工程を全てクリアしなくてはならない。 色々な感傷に浸っている時間などまったくないのだ。 まだ残りの工程は三つも残っているのだ。 ' 急がなくちゃ! ' ルナの顔には明らかな焦りが見られた。 これからMBに降りる事だってそれだけで二日程時間を要する。 誰だって焦らない筈がない状況なのだ。 だが… カミナは涼しい顔をしている、と言うよりワクワクしてる様な顔に見える。 ' 私が月に行く事が嬉しいのかな… でもこの状況じゃ… ' ルナがそう勘繰るのは仕方ない事だった。 何せKAMINAの本来の目的はルナを月へ連れ帰る事なのだから。 その為に彼は179年も時間を要したのだ。それは無理からぬ事ではあった。 しかしその心配は杞憂に終わる事になる。 宇宙ステーション内のエアロックに入り、気圧を地上と同じ1気圧に調整し、空気で充たされると宇宙ステーション内への扉が開いた。 「さ、ルナさんこっち!」 「あ!ちょっと待ってよ!」 いつの間にかまた『さん』付けでカミナはルナの事を呼んでいた。 カミナは構わずルナの手を取り宇宙ステーション内へ飛び出た。 すると無重力の通路の中を移動する為のリニアカーがドアを開けて待っていた。 無論、ルナの記憶にある宇宙ステーションではこんな乗り物は走ってなかった。 スルリと二人はリニアカーの後部座席に滑り込んだ。 運転席には誰も居ないが、リニアカー自身がアンドロイドなのだ。 二人を乗せるとリニアカーは目的地が分かってる様に走り出す。 「月面への連絡艇乗り場へ向かうの?」 「いや、あそこは今はほとんど使わないから別の場所だよ。 今ルナさんには、『楽しみにしておいて』って言った場所に今は向かってる」 「ほとんど使わない?… ああ、人は誰も居ないものね… 」 ルナはそう言うと少し寂しげに俯いた。 「… 違うよ、ルナさん。そう言う事じゃないんだ」 カミナはルナに笑顔を見せた。 「カミナくん… 嬉しいのは分かるけど私達に寄り道をしてる時間はないのよ?」 「大丈夫ですよ、問題ない!」 カミナが自信たっぷりに答えたのでルナはその後の言葉が続かなかった。 宇宙ステーションはルナが憶えていた頃とは比較にならない程に広くなっていた。 ' どうしてこんなに大きくしちゃったのかしら? ' KAMINAがここ迄ステーションを拡張する理由がルナには思いつかなかった。 そして見た事のない設備が色々と揃っているのが窺い知れた。 しかしこの時のルナにはその設備が何なのか、アシュレイの記憶を辿っても分からなかった。 しばらく行くとリニアカーは停車し、ドアが開いた。 「ルナさん着いたよ!」 カミナは少年の様に、いや幼子が母親に宝物を見せたがる様にルナの手を引いてリニアカーから降りた。 壁側に大きな飾り気のないドアがある。 その前に立つとドアがサアッと横に開いた。 するとルナ達の眼前には巨大な月面と、そこにこの宇宙ステーションから延びている巨大な柱が見えた。 「これは… 」 ルナは言葉を失った。 「凄いでしょ? 5万キロを越える長さのこの宇宙ステーションと月面を繋ぐ、軌道エレベーターだよ!」 アシュレイが生きていた時代でも実用化されていなかった軌道エレベーター。 本来地上から宇宙までの100kmを少し超える程度の軌道エレベーター建設の予定はあったものの、 それすら実現出来ていなかった物が、ここにはその500倍以上の長さを誇る月と宇宙ステーションを結ぶ軌道エレベーターがルナの目の前には在った。 「KAMINAはこんな巨大な物を作ったと言うの… 」 ルナは思わず呟いていた。 「月の重力が地球の6分の1ってのもあったんだけど、色々縛られる事がなかったから作る事が出来たんだよ。 そして1万km毎にステーション兼コロニーが作ってあるんだ。 そして地球防衛の為の設備も整えてある。まぁこれはまだ承認されてないから使えないんだけど… 」 ルナはKAMINAがこの179年の間に、実に様々な事を考え、実現して来た事を知った。 「凄いわ… 本当に… 」 ルナは語彙力を失っていた。 完全にこの長大な構造物に目を奪われていたが、カミナがまたルナの手を引いて言った。 「ルナさん!次が本番だよ!次に行こう!」 そう言うとまたドアの外で待っていたリニアカーにルナは押し込まれた。 「ちょ、ちょっと!」 ルナは急かすカミナに少し困惑したが、カミナにそんなルナを気にする様子はない。 ' これからが本番って、これよりも凄い物があるって言うの?… ' リニアカーはまた次の行先を分かっている様で、次の目的地に到着すると二人を降ろした。 二人は今度は先程のドアよりは大きくないが、小さくもないドアの前に立った。 カミナがドアを開くと、そこは薄暗い部屋で冷房が効いているのか肌寒い感じだった。 先程とは打って変わって外部から完全に遮断された部屋で外は見る事は出来ない。 すると部屋の明かりが点いた。 そこにはガラス張りのカプセル状になったベッドの様な物がズラリと列んでいた。 「… ここは?」 部屋には二人しかおらず、カプセルベッドの中にも誰も居ない。 当然と言えば当然だが、何故こんな物が沢山準備してあるのか分からなかった。 「… ここは… ここから僕らは月へ、MBへ行く」 「え?」 ルナは意味が分からなかった。 するとカミナの隣にある、他とは少し離れた場所にある一つのカプセルの蓋が開いた。 どうやらそこに入れと言うことらしい。 「… カミナくん、今更疑う様な事はないけど、どうやってMBに行くかは教えて」 ルナはついさっきKAMINAの偉業を目にした。 何を成し遂げていても不思議じゃない。 しかしここからどうやってMBに行くと言うのかはさっぱり想像がつかなかった。 「ルナさん、今何時か確認してみて」 ルナは素直に時間を確認してみた。 「11月11日の21時58分よ」 「それ、憶えておいてくださいね」 「ん?分かった… でもそれにどんな意味があるの?」 「説明するので、作業を進めながらで良いですか?」 カミナは手でルナをカプセルへ誘った。 「… 分かったわ」 ルナは仕方ないと言う風にカミナの目の前のカプセルに横たわった。 「さぁカミナくん、どうするのか教えて」 「… 僕らアンドロイドは脳内のデータを瞬時に移動出来ますが… ルナさんはそう言う訳には行かないですよね? そこでこうして… 」 と言いながらカプセルの透明な蓋が閉じて行く。 カミナの声はカプセル内のスピーカーから聴こえる。 「一旦こちらでルナさんの身体には眠ってもらいます」 すると『シューッ』と言う音と共に何らかのガスが入って来た。 「え!? カミナくん待って!!」 急激な眠気が襲って来て、ルナは意識を失った。 「ごめん、ルナさん。説明してる時間が勿体ないから… 」 ~. ' ハッ!! ' 次の瞬間、ルナは目を覚ました。 カプセルの蓋がスッと開くとカミナの姿があった。 「か、カミナ君! 今のは一体何のま…」 言葉を遮る様にカミナが口を挟む。 「ルナさん、今の時間は何時ですか?」 ルナは身体を起こしながら腕の時計を確認した。 「え… 11月11日の22時… 」 さっき時間を確認してから1分強しか経っていないと言う事だ。 ルナは辺りを見回した。 するとそこは見た事のある景色… 懐かしい記憶が蘇る… 「こ、ここは… まさか… 」 すると目の前のカミナではない所から声が聞こえた。 『お帰りなさい、ルナ… 』 ルナの目の前には懐かしいコンソールと、ガラス張りの向こう側には大きな球体の形をした物体が浮かんでいる… 「か… KAMINA… なの?」 横に立っているカミナが微笑む。 「ルナさん、ここはMBの貴女の部屋だよ」 「え… 一体どうやって私は… 」 ルナは自分の身体をよく見ると、先程まで着ていた服とは違う服を着ていた。 KAMINAが答える。 『量子テレポートしたんだよ』 「量子…テレポート… ?」 ルナはアシュレイの記憶の中の量子テレポートの知識を思い出していた。 「そ、そんなの無理だわ! 量子テレポートは情報や現象を瞬時に認識するだけの物の筈よ? 物質のテレポートなんて!」 「物質のテレポートはしてないよ」 「え?… 」 今度はカミナが答える。 「ルナさんの本来の肉体は宇宙ステーションで眠ってるよ。勿論僕のもう一つのボディもそこに立ったままだ」 よく見ればカミナの服装も違う。 胸に『MB』のマークが入ったスマートなスペーススーツだ。 宇宙ステーションまで着ていた宇宙服よりももっとスマートでスタイリッシュな物だ。 「ルナさんのDNAの情報は全て解析してあるから、こちらでもう一人のルナさんの肉体を用意していたんだ。 つまり今のルナさんの身体は、宇宙ステーションにあるルナさんと全く同じ細胞組織で作られた完全なクローン体。 そして思考データだけをクローン体に転送したんだよ… これを説明する時間が惜しくてね。まずはここに来てもらった方が早いと思って。 ごめんなさい、ルナさん… 」 そう言われて、謝られまでしたらルナは黙るしかなかった。 「ハァ… KAMINAのやり方は強引なんだから… でも… ホント… 凄いわね… あなたは… ありがとう… 改めて言うわ、KAMINA… … ただいま!」 『こちらこそ改めて言わせてもらうよ。 お帰り…アシュ、いや灰月ルナさん… 』 ルナは179年の時を経て、遂に月面基地『MB』のKAMINAの前に帰還し、KAMINAはようやくルナ・アシュレイ博士との約束を果たしたのだった…
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加