~3. 『月の笑顔』

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~3. 『月の笑顔』

ルナとカミナは、今回のエラスティスの危機を回避する為に編成された51人のアンドロイド達が待つスペースポートに向かっていた。 「カミナくん、今回の作戦名って何か決まってるの?」 「いや、決めてないですよ。何か決めます?」 ルナは「う~ん、そうね。何か決めたいわね… 」 カミナも一瞬考えたが、何か思いついたらしく提案して来た。 「ルナさん… 前回の…179年前の悲劇は『月の涙』と呼ばれていますよね。 だったら今回は『月の笑顔』って作戦名はどうですか?」 ルナは予想外のカミナのセンスに驚いた。 「いいわね、ソレ! 『月の笑顔』… それで登録しといて!」 「了解!」 カミナは自分のアイデアをルナに喜んで採用してもらえた事に子供の様に喜んだ。 涙の歴史を笑顔の歴史に変える… 後顧の憂いを無くすには良い名前だとルナには思えた。 しかし、だからこそ尚更この作戦を成功させなくてはならなくなったと感じた。 ~. 長い通路の先に、スペースポートの開いた入口が見えて来ると、大きな船体の前に整列している人達の姿が見えてきた。 今回の作戦に参加するアンドロイド達だ。 二人はスペースポートへの入口をくぐると、アンドロイド部隊の前に立った。 ルナはアンドロイド部隊の後ろにある輸送船の大きさに、胸の鼓動が高まるのを実感した。 ' いよいよだわ… ' そして目の前のアンドロイド部隊に目を移した。 アンドロイド達の表情はワクワクしている様に見えた。 事実、アンドロイド達は初めて見る本物の人間の姿に喜びを感じていた。 ここに居るアンドロイド達は地球上の様々な人種を模して造られていた。 性別はアンドロイドにとって意味は無いが、人間との関係を良好にする為に男性タイプも女性タイプも丁度半分ずつ揃えられていた。 皆、人間に恐怖や威圧感を与えない様に、柔和な顔付きになっていた。 これはアシュレイが働いていた時から既にその様になっていた。 更に今回は特別な危険を伴う任務の為に、体格も大きいアンドロイドから小さめのアンドロイドまでいた。 エラスティスでの作業において、何が役立つかは分からなかったからだ。 元々アンドロイド達にはAIが搭載されていて、人間とのコミニュケーションは元よりその場での判断が可能なレベルの知能が与えられている。 その為、人間程では無いが個性も存在していた。 しかしそれらはロボット三原則の範囲に限定されていたし、今回の作戦中に自己の存在を失っても任務をやり遂げる様に設定されていた。 故に彼らの『恐怖』と言う感情は、任務遂行の妨げになる場合はKAMINAによってカットされる様になっていた。 ある程度の恐怖を感じる心は自己保存に有効だったし、作戦遂行中に人員の数を減らさない為にも必要だった。 しかし自己を犠牲にしなければエラスティスを破壊出来ないと言う場合は、迷う事無くそれが実行出来る様に恐怖の感情をカットされるのだ。 それはカミナも例外ではなかった。 ルナはアシュレイの記憶からそれが分かっていたから自分もエラスティスに行く事をKAMINAに認めさせたのだ。 アンドロイド達の前に立ったカミナは一歩前に出て口を開いた。 「諸君!既にKAMINAから詳細の全ては伝わっていると思うが、今回の任務には隣に居る灰月ルナさんがご同行される。 これは人間である彼女が、我々アンドロイドも全て無事にこのMBに帰還出来る様に希望されたからだ。 だから皆。我々は最悪エラスティスを破壊する事になっても、全員無事に帰還すると共に、彼女は絶対護らなければならない! 我々は全ての情報を共有出来るが彼女はそうはいかない。 全員、彼女の状況もモニターしておくように!」 カミナはKAMINAの代行としてアンドロイド達に指示した。 「了解!」 アンドロイド達は返礼と共に応えた。 「ルナさん、何かある?」 カミナはルナに尋ねた。 ルナも一歩前に出て話し始めた。 「… 皆さん初めまして。地球から来た灰月 ルナです。 今回はせっかく月に来ましたが、残念な事にまた地球の危機がそこまで迫っています。 本来人間自らが率先して立ち向かうべき困難ですが、今の人類にはそれを行う力がありません… 皆さんの力をお借りする外ない事を申し訳なく思っています。 ですので、私は皆さんと一緒にエラスティスに行きます。 アンドロイドである皆さんと同等の仕事は出来ませんが、皆さんが誰一人として欠ける事が無いように全力でサポートしたいと思っています。 どうかよろしくお願いします」 ルナは頭を下げ、それだけ言うと一歩下がった。 すると整列しているアンドロイド達の最前列の一人が前に出た。 「ようこそ灰月 ルナさん。我々は、KAMINA同様、貴女が月に来られるのを心待ちにしておりました。 その貴女に我々へのご配慮をいただけた事、有難く思っております。 更にエラスティスまでもご同行いただける事は光栄の極みです。 よろしくお願い致します!」 そのアンドロイドはそう言って微笑んだ。 ルナは感激し、そのアンドロイドの名前を知りたくなった。 「貴方のお名前を教えていただけますか?」 「ハッ! 型式A-SSAF-22990414です!」 「え?… 型式番号だけで、お名前は無いんですか?」 「彼らは通常量子ネットワークで繋がっているので、人の様な名前を必要としないんですよ… 」 カミナが説明を挟んだ。 「でも以前はアンドロイドも皆名前で呼び合っていたわ?」 カミナの方を向いて言った。 「それはまだ沢山の人間がこのMBに居た時の話です。 人間の中でアンドロイド達が働くには呼びやすい名前があった方が便利だったからですよ」 言われてみれば確かにそうだ。 KAMINAだけが管理する社会の中では人の様な名前は意味を成さない。 ルナは少し考えてカミナに尋ねた。 「カミナくん、このアンドロイド部隊の編成はどうなってるのかしら?」 「編成と言うか、現場では二人一組でそれぞれ設置されているロケットブースターに移動し、使用の可否を判断、その場の修理で使える様であれば修理して、状況に応じて使用するかどうかをKAMINAが判断する様になっています 」 ルナはそれを聞いて ' やはり ' と言う顔をした。 初めから使い捨てのアンドロイドとしてならそれでも良いだろう。 だがルナは可能な限り全てのアンドロイド達も月に連れて帰りたかった。 だからルナは提案した。 「KAMINA、アンドロイド同士の最適なツーマンセルの組み合わせは任せるけど、その他にチームを4部隊に分けて整列させてくれる? そしてそれぞれの部隊にリーダーと補佐を二人着けて頂戴。 部隊の名前はそれぞれ、『スペード』『ダイヤ』『ハート』『クラブ』よ」 KAMINAは直ぐにルナの意図を理解した。 即座にアンドロイド達は13人の4列に並んだ。 最前列は『スペード』。 ここの先頭にカミナが加わった。 それぞれのアンドロイドのスーツの胸にはトランプの印と数字が表示されていた。 だがカミナの胸にはスペードの印と『A』のが表示されていた。 リーダーはあくまでも『K』、キングだ。 「カミナ君がキングじゃないの?」 ルナは少し不安そうに聞いた。 「うん… 全体を見るのはこのメンバーなら正直誰でも可能なんだ。 ボクが個体能力値は1番高いから、何かあったら最前列で動ける方が逆に効率が良いんだ。 多分この方がルナさんの期待に最大限に応える事が出来ると思うよ」 カミナの瞳を見つめ、ルナは静かに頷いた。 『スペード』部隊の『K』は先程ルナが名前を尋ねた『A-SSAF-22990414』が配置されていた。 ルナは彼の所に行き声を掛けた。 「貴方はスペードのキング、だから貴方の名前はダビデよ。よろしく、ダビデ王… 」 「ハッ! 有難く拝命します!」 「フフッ、緊張しないで。キングはゆったり大きく構えてなきゃ。スペード部隊をよろしくお願いします」 「ハッ!」 『ダビデ王』の名前を与えられたアンドロイドは、少し堅物気質だった。 次にルナはダビデの後ろにいた『ダイヤのキング』に話し掛けた。 「貴方の名前は今からカエサルよ。ダイヤ部隊をよろしくお願いします。カエサル将軍」 「確かに承りました、灰月ルナ様」 短髪のカエサルは丁寧らしい。 「貴方はシャルルマーニュ… キングは貴方よ…。ハート部隊をよろしくお願いしますね、シャルル皇帝」 「かしこまりました。お任せを… 」 初代ローマ皇帝は真面目さん。 「最後は貴方。貴方の名前はアレキサンダーよ。クラブは貴方の軍団。頼みますね」 「ハハッ! 貴女のご期待に応えましょう… 」 「よろしくお願いします… 」 アレキサンダー大王は見た目にも頼り甲斐のある力強さを感じるタイプだった。 そして各部隊の補佐の2名は『クイーン』と『ジャック』だ。 こうしてトランプカードの名前を戴いたエラスティスへの実行部隊はルナのアイデアで士気を上げ、生還率もアップする事になった。 それはKAMINAがルナの意図を理解し即座にそれを実行したのは、全員を生還させたいと言うルナがチーム全体を把握するのには非常に効率的だったからだ。 全体の生還に関する自分のリソースを減らす事が出来ると言うのは、KAMINAにしてもエラスティスの監視へリソースを回せる為、良い事だったのだ。 現場での状況分析をまず各チームのキングが行うだけでも可能性の見極めがやり易くなると言うもの。 早速ルナがチームに加わった事での良い効果が現れていた。 「では皆さん、早速出撃します!準備をお願いします!」 ルナの号令と共にKAMINAも即座にアンドロイド部隊に指示を出した。 エラスティスへ向かう為の輸送船は現場で使用する為の様々な機材を搭載していた。 実はこの輸送船にルナは見覚えがあった。 勿論それはアシュレイの記憶なのだが、弱冠形状が記憶の物と変わっている様だ。 船体には大きく馬の絵が描かれていた。 「SLEIPNIR(スレイプニル)… 」 形状が変わっていると感じたのは、アシュレイの記憶ではロケットエンジンが6基だった物が8基に増やしてあったからだ。 エラスティスへ向かうのに強化してあるのは非常に助かる事だった。 全員が搭乗を済ませ、パイロットがコクピットにはダイヤ、ハート、クラブから1人ずつ選出され、3人が座った。 エラスティスまでのコースは既にKAMINAが入力してあるが、エラスティスに接舷する際に3人の力が必要になる。 現場での細やかな操舵でなければ接舷は出来ない。 エラスティスへの出撃へ向け、それぞれの準備が整っていく。 月面の天井の門がスライドして、スペースポートのリニアレールのゲートが開いていく。 そしてそのリニアレールごとスレイプニルは月面へせり上がっていく。 太陽光がスレイプニルの船体を照らす。 船体は断熱素材と放射線を透過しない材質で出来ているが、船内の温度は空調で完全にコントロールされている。 熱吸収力の高い微粒子を搭載し、それを宇宙空間に放出しているのだ。 宇宙船には船内でこの微粒子を作り出す装置が装備されているとは言え、原料の補給が出来なくなり、万が一これが尽きれば船内の温度は太陽光に晒されている限り上昇して行く。 故に ' N.D.B ' に拠る人体強化が必要なのだ。 その意味でも今回この任務に参加出来る人間はルナ以外には有り得なかった。 スレイプニルの船体が完全に月面に現れた。 リニアレールはエラスティスと合流する方角へ回転しながら向きを変えていく。 船内モニターには外の様子が映し出されている。 太陽光を映す事はないが、モニターには地球の姿が映し出されていた。 その地球の姿を見ながらルナは地球で待っている家族の事、師の事、友の事、ここに来るまでにお世話になった全ての人の顔が脳裏に浮かんだ。 回転する船内モニターの外へ地球が出て行くまで、ルナの胸中は締め付けられる想いがあったが、それと同時にこの作戦、『月の笑顔作戦』を必ず成功させると改めて決意した。 スレイプニル船内では出撃へのカウントダウンが始まっていた。 アンドロイド達はタイムスケジュールの調整を行いつつ、ルナのバイタルやスーツの点検をあらゆる角度から行っていた。 自分達のスーツは勿論だが、ルナのスーツは高機能対Gスーツで出来ている。その機能もちゃんと働いていた。 そうでなくてはリニアレールで打ち出される加速力に人体が耐える事は不可能だ。 リニアレールが固定された。 電磁ボルテージがMAXになる。 5、4、3、 ルナは唾をゴクリと飲み込んだ。 2、1、発射! ドフッ!と身体がシートにめり込むのが分かる。 高機能対Gスーツを着ていてこれだけの衝撃があるのだ。 これは地球から打ち上げられたロケットの時の比ではなかった。 頭も、胸も、腹も強烈な加速に耐えていた。 その加速に併せてスレイプニルの8基のロケットエンジンも火を噴いた。 月を出発した時刻は丁度11月12日の0:00ピッタリだった。 つまり予定されたタイムスケジュールピッタリの出撃だった。 エラスティスへは本日未明には到着する筈だ。 地球上ではルナとカミナ、そして月のアンドロイドの混成部隊がエラスティスへ向けて出撃した事が報道された。 この作戦名が『月の笑顔作戦』と言う事も公表された。 多くの人がその名前の由来に納得し、応援した。 ただ地球上においてカイトだけはその作戦名に文句を言いながら怒っていた。 「ぜーったいこんな名前を着けた奴はカミナの奴だ!間違いない! 俺のこの絵のタイトルと同じじゃねーか!!」 カイトの制作中の絵は、月が笑顔に見える様な絵だったのだから、仕方が無い… そう怒りながらも、カイトは二人の作戦の成功と、無事の生還を皆と同様に、いやそれ以上に祈っていた…
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