35人が本棚に入れています
本棚に追加
~4. エラスティス上陸!
スレイプニル船内では、アンドロイド達、部隊員全員に地球の食事が振る舞われていた。
料理の内容はルナに合わせ和食だった。
人工肉で肉料理も可能だったが、殆どはルナの希望で穀類で作られた料理だった。
ただ『焼きししゃも』だけは準備されていた。
月の軌道エレベーターの途中にある水産プラントで育てられていた物だ。
とは言え、これは過去MBのプラントで育てられていた魚類が基になっているから地球産ではない。
このメニューはつまり、以前カミナがルナと一緒に食べたある日の朝食と同じだった。
ルナとしては粗食で申し訳なかったのだが…
だが部隊員達には新鮮な感覚で喜ばれていた。
アシュレイが月に居た頃は、アンドロイド達も人間と同様に食事を摂る事は普通だった。
しかし人間が居なくなったMBや宇宙ステーションではそんな人間の習慣を真似る必要も消え去っていた。
だから今スレイプニルに乗っているメンバーは『人間の食事』という物を食べる事は初めての体験であり、非常に新鮮だったのだ。
ルナにはアンドロイド達にも人間をより理解して欲しかったし、無事に帰還して人間の様に生きる希望になればと言う想いもあった。
アンドロイド達部隊員は和気あいあいと初めての食事を大いに楽しんでいた。
' でもこれが『最後の晩餐』にならない様にしなくちゃね '
ルナはそんな彼らの姿を見ながら、目前に迫ったエラスティスを前に決意を新たにしていた。
~.
KAMINAと常にリンクしている彼ら部隊員は、敢えて人間の様に打ち合わせ等をする必要もなく作戦も目標のエラスティスの最新の情報も常に共有していた。
しかしルナは起きている時には情報のダウンロードも出来ない為、カミナからの説明かモニター越しにKAMINAからの情報を得るしかない。
エラスティスに接舷したらカミナ他部隊員達はトランプカードになぞらえた4部隊に分かれてそれぞれのリーダーの指示の下、まずは設置されているロケットブースターの状況及び作動チェックを行う。
先行していたエラスティス観測に送り込まれたアンドロイド達は自分達が乗って来た観測シャトルをエラスティスから切り離し、少し離れた場所からエラスティスの観測を実行。
その状況はKAMINAに送られ、同時にスレイプニルの管制室に残るルナがモニターをする。
ルナはまた自分の目でもエラスティスの状態を観測する事になっていた。
様々な視点と視野で観測する事は安全確保の為にも必要な事だった。
そしてルナからも各部隊のリーダーと状況のやり取りを行える様にしていた。
勿論カミナとも直接通話可能だ。
核融合インパルスエンジンを有するスレイプニルの光学カメラは既にエラスティスを捉えている。
第三宇宙速度を容易に出す事が出来るスレイプニルは、エラスティスの速度と同軌し、KAMINAのコントロールで接舷に最適な場所へ近付いて行く。
接舷を前にカミナや部隊員もエラスティス上陸の為の専用作業スーツを装着していた。
このスーツはアシュレイが月に居た頃より遥かに進化していて、安全性も作業効率を上げる為の様々な装備がふんだんに採用されていた。
この独自進化をしたスーツのお陰で月の軌道エレベーター建設も非常に効率良く行う事が出来たのだ。
資源衛星の開拓、危険な現場での建設作業。
そういった経験の蓄積が今回の部隊にも活かされているのだ。
そうこうしている内にスレイプニルは接舷ポイントに到着していた。
月を出発してから約半日。
11月12日の13時を過ぎたところだ。
スレイプニルから4本のチェーンアンカーがエラスティスに射出された。
ルナがモニターするディスプレイにもしっかりと映し出されている。
アンカーはエラスティスにしっかり食込み、スレイプニルをガッチリ固定した。
そのチェーンアンカーに沿って上陸部隊を送り込む為のパイプ状の通路がエラスティスに伸びていく。
全ての上陸準備が整った事がモニターにも表示された。
KAMINAから全アンドロイド部隊員へ上陸命令が下った。
ルナへカミナから音声通信が入る。
「ルナさん、行ってきます」
「充分気を付けてね、カミナくん… 行ってらっしゃい!」
ルナは祈る様な想いでカミナ達を送り出した。
アンドロイド部隊は次々とエラスティスへの通路に滑り込む様に飛び込んで行った。
~.
スペード部隊、ダイヤ部隊、ハート部隊、クラブ部隊がそれぞれの目標地点に降り立った。
スーツのブーツからはその地面の状況に常に最適化されたスパイクが出て、エラスティスの地面に身体をしっかり固定している。
カミナは30m程上空に待機しているスレイプニルを見て、周囲を見渡した。
このエラスティスの景色を、カミナは180年前に見ていた。
地球でルナを護る為に失われたカミナの前のボディは、前回のエラスティス上陸計画に参加したボディだ。
アシュレイを追って地球に降り、長い眠りと放浪の果てにルナに出会った身体はルナを護る為に失なわれてしまったが、他のアンドロイド達とは唯一違う経験と情報をカミナは有している。
過去の情報は他の部隊員にも共有されているが、何とも言えない感覚をカミナは覚えていた。
' 今回は必ず成功させる! '
カミナの決意はKAMINAも感じ取っていた。
カミナとKAMINAは他の部隊員よりも繋がりは深く、ほぼ同位の存在だが、カミナの個体だけが体験している感覚まではKAMINAにも共有出来ていなかった。
それは180年前に今のカミナの前のボディがエラスティスに上陸した際には、まだKAMINAとは繋がっていなかったからだ。
エラスティスが分裂した時に宇宙空間に放り出された後でKAMINAと繋がり、『カミナ』としての人格を与えられる迄は今のカミナは違う存在だったのだから。
故に前回の計画に参加して命を落としたリーダーの最期の姿がカミナの脳裏に浮かんだ。
探査船に砕けたエラスティスの破片が直撃して宇宙に消えたリーダー… 。
' リーダー… 今度はボクがキャプテンとしてこの作戦を完遂します '
あの時、エラスティスの異変に自分がもう少し早く気付いていればと言う後悔の記憶がカミナの中にはあった。
その想いはKAMINAには分からない事だった。
そんなカミナの感傷も、カミナの頭脳で処理される時間は1秒も掛からない。
『ミッション開始!』
KAMINAから一斉に司令が飛ぶ。
各部隊のリーダーから各部隊員に瞬時に指示が出され、完璧な動きで26基のロケットブースターにそれぞれの隊員が取り付きチェックを開始していく。
状況はKAMINAとルナにリアルタイムで送信されている。
KAMINAは黙々と情報を分析しつつ、各部隊のリーダーに指示を送っている。
ルナは状況を見ながら祈る事しか出来なかったが、自分の目も使いながら忙しく状況把握に努めていた。
ロケットブースターのチェックに関しては中々状況は芳しくなかったが、残念ではあるがそれは想定内だった。
180年前、エラスティスが分裂した際に被害を被っていたブースターは17基…
この17基は修理すら不可能だ。
完全に吹き飛ばされている物もあり、見るからに損壊が激しい物もあった。
この時点でブースターの出力としては当初予定されていた出力の34%しか得られない事になる。
残りの9基は幸い燃料に問題はなかったが、電装系に不良が出ていた。
単純に全てのバッテリーが切れている物は準備して来た新しいバッテリーに交換すればOKだが、冷え過ぎて動かなくなっている物はヒーターで暖めて動作確認の必要があった。
各部隊員はその修理に直ぐに取り掛かっていたが、そのブースターの配置も問題があった。
完全に使える様にするのは勿論ではあったが、それによるエラスティスの軌道変更率の計算と、そのブースターを使用した際にエラスティスの地殻に与える影響を考慮しなければならなかった。
その為地殻の調査に既に動いている部隊があった。
カミナ達である。
外部からの事前観測で既に問題のある亀裂も発見されていたが、内部の調査は直接、より深く行う必要があった。
スペードとクラブの部隊はエラスティス表面に内部の圧力を感知する感圧センサーの設置も行っていた。
これでエラスティス内部圧の様子をモニターするのだ。
今ブースターの修理にはダイヤとハートの部隊が動いている。
地殻調査にはスペードとクラブの部隊が担当していた。
カミナは180年前の記憶から、エラスティスの地殻にはマグネシウムと氷がある可能性が高いと考えていた。
その可能性を基に他の隊員も地殻調査を行っている。
その密度と180年前の衝撃による亀裂を細かく調べていた。
特殊スーツのブーツは、エラスティス表面をしっかりと掴むスパイクだけでなく、超音波調査や赤外線診断もそれぞれの隊員が歩きながらデータを収集していた。
その情報は即座にKAMINAを介して各部隊員に対処方法と共にリークされていた。
~.
エラスティスにアンドロイド部隊が降り立って既に4時間が過ぎていた。
ルナは定期的に出されるドリンクを飲みながら管制室のモニターにかじりついている。
ダイヤ、ハート部隊によるロケットブースターの修理は完了しつつあった。
スペード、クラブ部隊による地殻調査と、亀裂修復の為の作業はまだ行われていたが、亀裂には補修剤の充填作業が進められている。
この補修剤は流動性が高い上に硬化性と強度が高い。だから細かいひび割れにも入り込んで強固にエラスティスを補強していた。
この後ダイヤ、ハート部隊が合流した後に、ロケットブースター配置との兼ね合いからエラスティスの質量を軽くする為に、既にある亀裂を利用して敢えてエラスティスを分割する作業も行われる。
要はバランスを取るのだ。
この様子は全て映像として保存してあるが、未だ地球では公開されていない。
当然その段階に達していないからだ。
更に2時間が経過していた。
今迄の所作業は順調に進んでいた。
ロケットブースターが9基しか使えず、本来の性能の34%程しか出力が出せないと言っても、エラスティスは180年前にほぼ半分に割れている。
故に大雑把に見積もっても60%は出力が出せる状態ではあるのだ。
このまま順調に作業が進めば、現在のエラスティスの質量を減らせればエラスティスが地球の重力圏に引きずり込まれる前に脱出速度まで加速させる事が可能だ。
しかしルナは何かを見落としている様な気がしていた。
修理の完了したロケットブースターの自己診断機能も正常に作動し、バッテリー量も含めオールグリーンを表示していた。
そのコントロールもスレイプニルから可能になっている。
この残っているロケットブースター群は、エラスティスが180年前に割れた際に飛んできた破片の反対側に位置していた物ばかりだった。
その為無事に残っていたのだ。
ロケットブースターの作業が完了した為、ダイヤとハート部隊の半分はエラスティスの分割作業に向かい、先行して作業にあたっているスペードとクラブ部隊の作業に合流した。
残りのダイヤとハート部隊の2~6の数字のメンバーはサブリーダーであるJACKが引率してスレイプニルに帰って来た。
そしてスレイプニルの窓やモニターからエラスティスで作業をしている仲間達の様子を見ていた。
エラスティスの分割作業も、一度に行うと想定外の衝撃が発生する恐れがあった為、四分割で割っていく。
この時、内部にマグネシウムが含まれる事を考慮して発破は行わず、スーツに仕込まれているコーティングカーボンナノチューブ(CCNT)で出来たワイヤー状の物をひび割れに潜り込ませて延ばしていき、砕きながら分割し、CCNTワイヤーは留置した状態で切り離す。
まず一箇所目が分割された。
無事に予定の4分の1が分離した。この分離した部分の裏側に時限式の小型イオンガス噴射装置をそれぞれの部隊が設置していく。
徐々に離れて行った後で破砕される予定だ。
順調である。
だがルナは何かを見落としている気がしてならなかった。
不安が心を駆け巡っていた。
二箇所目の分割作業も進んでいる。
ルナは堪らずカミナに連絡した。
「カミナくん、何かを見落としてる気がするの。もう一度作業をチェック出来ない?」
「え、ルナさん、何か異変を感知してますか?」
「いえ、こちらでは何もモニターされてないわ。でもこちらのモニターはエラスティス現場でのセンサーしか表示されないから… 」
ドンッ!
音は無いが衝撃が走る。
「何っ!?」
ルナが焦る。
「いや、二箇所目の分割の衝撃だ。問題ないよ」
カミナが安心させる様に報告する。
「そう… 」
ルナはモニターに表示されている中に異常は発見されてない事に安心した。
ルナの心配は杞憂だったかもと思い始めていた。
そして三箇所目の分割が実行された時、KAMINAが異常に気付いた。
「ルナさん、ロケットブースターは無事ですか!?」
KAMINAからの通信に慌ててロケットブースターを映すカメラの映像を見た。
「え?見た目に異常は見られないけど… 」
KAMINAの操作でカメラが限界までズームアップされた。
その映像をルナはじっと見て「あっ!」と声を上げた。
何か小さい機械がロケットブースターの周囲を浮遊している。
「感圧センサーが浮遊してる!」
衝撃で感圧センサーが地表から外れてしまったのだ。
「ルナさん、ロケットブースターの周囲の内圧が一切感知されなかった。もしかするとロケットブースターの固定アンカーボルトに影響が出ているかも知れない!」
KAMINAはそう伝えて来た。
それはカミナや他のリーダー達にも同時に伝えられた。
他の部隊員達は三箇所目に分離した部分にイオンガス噴射装置を設置している。
また同時に四箇所目の分割に着手している部隊員もいた。
各部隊リーダーは、四箇所目の分割作業を行っているメンバーにストップを掛けた。
だがルナとスレイプニルに帰還していた隊員達は次の瞬間、恐ろしい光景を目にする。
複数のロケットブースターが浮かび上がって来たのだ。
「ロケットブースターが!」
そう、ロケットブースターを地中で固定していたアンカーが、180年前のダメージに加え今回の作業で疲労が重なり折れてしまったのだ。
これは仮に折れずにいたとしてもロケットブースターを点火した場合、ロケットブースターだけ飛んで行く可能性もあると言う事だ。
「これじゃ計画が実行出来ない!」
ルナが悲鳴の様な声で叫んだ。
「ルナさん落ち着いて!プランを変更する!」
カミナはルナを落ち着かせる為にそう伝えて来た。
しかしカミナは思っていた。
' またボクは気付くのが遅かったのか!? '
苦い思い出が蘇っていた…
最初のコメントを投稿しよう!