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~5. 非情の宇宙(そら)
皆を襲ったトラブルは、ロケットブースターでエラスティスに加速を掛けた際の重量バランスを適正にする為のエラスティス破砕作業による振動で、
ロケットブースターを固定していたアンカーボルトが破断した事でブースターが浮いて不安定になった事だった。
これはアンカーボルトが経年劣化及び金属疲労していた事が原因だった。
カミナ達はこれにより急遽作業プラン変更を迫られていた。
カミナは現状で使用可能なロケットブースターがいくつ存在するかKAMINAに検証を求めた。
KAMINAの返答は安全性を鑑みて、使えるロケットブースターは無いと考えエラスティスの破砕作業プランに変更すべきとの事だった。
「ルナさん、ボク達は今から作業をエラスティスの完全破砕プランに移行します。
既にスレイプニルに移乗しているメンバーは、スレイプニル周辺の監視、船の安全確保の為に緊急時にはスレイプニルをエラスティスから離脱させます」
「ちょっと待って、離脱した場合カミナくん達みんなの回収はどうするの?」
ルナは不安そうに尋ねた。
「… 基本的には今スレイプニルが接舷してる位置から一番離れた場所からボク達は破砕作業を進めます。
そして徐々にスレイプニルに近付いて行きます。
その際交代要員をその都度スレイプニルにメンテナンスの為一時帰投させます。
ボクは交代要員がメンテナンスから戻ってからになりますが… この作業は慎重に進める必要がありますから、時間が掛かります。
既に作業開始から6時間以上経っています。ルナさんは心配せずに食事と睡眠を取って下さい」
カミナはわざと少し明るめの声で説明した。
「でも何かあったら… 」
「大丈夫ですよ。ボク達のバックアップはKAMINAがしてくれますし、ルナさんに倒れられたらそれこそ問題ですから」
カミナの言う事はもっともだった。自分が彼らの足を引っ張る様な事をしてはならない。
「… 分かった。でも本当に気を付けてね」
「了解です!」
そう言ってカミナは通信を切った。
「ふぅ… 」
ルナは背もたれに寄り掛かり目の前に映し出されているモニターを見つめた。
スレイプニルとは反対側に向かって行くカミナ達。
そしてエラスティスから分離され、徐々に離れて行くエラスティスの破片達。
そして中途半端にエラスティスと繋がってグラグラしているロケットブースター達。
スレイプニル船外に出てカメラを設置しながら周囲を監視するダイヤとハートの隊員達。
それら映像を見ながらホルダーのドリンクを口にする。
' どうか無事に作業が終わります様に… '
~.
カミナ達は順調にエラスティス破砕作業を進めていた。
危険と思われるロケットブースターのパージ作業も既に終えて、既にエラスティス上からも視界からもその姿は見えない。
エラスティスもとても小さい姿になっていた。
' これならもう地球に落ちてもただの流れ星ね… '
ルナは安心した。
カミナとスペードのKingダビデ、ダイヤのKingカエサル、ハートのKingのシャルル、そしてクラブのKingアレキサンダーが最後の仕上げに取り掛かっていた。
ルナはエラスティスの搭乗口から降りて最後の作業を傍で見ていた。
カミナ達は片膝を立てて両手をエラスティスの地表に着いて構えた。
皆は顔を見合わせると、同時に掌から衝撃波を発生させた。
それは耳をつんざくばかりの轟音を立ててエラスティスの最後の大地を割った。
五人が立っていた足元だけがそれぞれ少しだけ残り、その小さな欠片の上に各々は立ち上がった。
五人はそれぞれ違う方向に離れて行く。
「みんな、早くこっちへ乗り移って」
ルナはみんなを呼んだ。
五人は離れて行きながらルナに笑顔で手を振る。
「え?え?みんな、何してるの!? 早くこっちへ来て!」
カミナも笑顔で手を振っている。
「カミナ君!?冗談はやめてよ!何してるの!」
どんどん宇宙の闇に消えて行く五人。
ルナはエラスティスの大地を走って追い掛ける。
「カミナくん!みんな!帰って来てーっ!」
' 嘘よ… こんなの… 地球は救えてもカミナくんが、みんなが犠牲になるなんて… 何がJOKERになる、よ!
私、何も出来なかった… '
ルナは大声で泣いた。
ルナの目頭が涙で濡れた。
その感覚でルナは目を開いた。
' 夢… か… 私いつの間にか眠っていた? '
酷い夢だった。でも夢で良かったと思った。
ルナが時間を見ると、23:16と表示されていた。
4時間ほど眠っていたらしい。
' 私こんな時に4時間も眠っていたなんて… みんなはどうしてる? '
実はルナが飲んでいたドリンクには各種栄養素と、軽く眠くなる薬も入れてあった。
ルナは知る由もなかったが、KAMINAの配慮である。
ルナはまたコンソールの各種表示とモニターを身を乗り出す様に見つめた。
~.
アンドロイドである彼らは太陽の光が届く今は疲れ知らずで作業が出来る。
温度管理は防護服がやっている。
だが生身のルナはそうは行かない。
' 皆と同じ身体だったら私も一緒に働けるたのに… '
ルナがKAMINAの所に量子テレポートで精神を移した時、ルナの身体は生身の人間である必要があった。
ルナと言う生身の人間が初めて許可する事でこの作戦はGOサインが出せたのだ。
ルナのDNAは完全に解析され、 ' N.D.B ' とはいえ、完全なルナの肉体を専用の3Dプリンターで高速成型されたルナのコピーである。
カミナ達の作業は少しづつだが確実に進んでいた。
時間的にはまだ充分な猶予がある。
だからこそ慎重に事を運べるし、運ばなければならなかった。
日付が替わりエラスティスでの作業開始から12時間が過ぎた時点で作業メンバーの交代要員が一度スレイプニルに戻って来た。
ここで作業用防護服、並びにアンドロイド達の身体チェックをスレイプニル内のアンドロイド用ドックで点検を行うのだ。
皆自己診断機能は有しているが、内部から診る事と外部から診る事の両方が必要だからだ。
人間で言えば『主観』と『客観』と言う事だ。
これでチェックを終えたアンドロイド達にはルナと食事の時間を取ってあった。
ルナはエラスティスに到着する前に食べた食事が最後になるかもと思っていたが、そうではなかった。
このアンドロイド達と談笑しながら食事をすると言う時間は、プラン変更に伴い長丁場になる作業においてアンドロイド達の機能を万全に保つと共に、ルナの精神衛生上の観点からも必要と判断したKAMINAの計らいだった。
ルナの中のアシュレイの記憶が、この食事の風景を懐かしいと感じていた。
約5時間をスレイプニルで費やしたアンドロイド達は再び現場に戻って行った。
先発のアンドロイド達がスレイプニルに戻って来てから、12時間後に交代のアンドロイド達が帰って来た。
今度はカミナも一緒だった。
丸一日振りにカミナとルナは顔を合わせた。
カミナとは音声での通話はしていたが、エラスティスに来るまで二人は、ルナがガソリンスタンド爆破事件の時に入院してから退院するまでを除けば初めての事だった。
カミナと過ごす時間はルナにとって必要な時間だったが、それは他のアンドロイド達よりもずっと進化した知能を備えているカミナにとっても大切な時間だった。
だから一日に一度はルナとカミナの二人の時間を取る事が出来た。
これはKAMINAとカミナ、双方に影響を与えていた。勿論良い影響だが。
そうしてエラスティスに来て二日が過ぎ、作戦を完了させなければならない期日である11月15日を迎えた。
いつもの様にカミナ達はスレイプニルを出ていく。
ルナはカミナに「行ってらっしゃい」と声を掛けた。
カミナは「行ってきます」と応えた。
~.
最終日の作業は残存している全てのロケットブースターを完全にエラスティスから切り離し投棄する事だ。
元々使えなくなっていた17基のロケットブースターは既にエラスティスから切り離され投棄が完了していた。
危険度の高いと思われるエラスティスから外れ掛けていたロケットブースターも順次投棄を進めていた。
残りは4基。
その全てをエラスティスから分離しつつ、同時進行で残り約50m四方の大きさとなったエラスティスを破砕していく。
これでエラスティスでの作業は完了する。
既にスレイプニルからカミナ達が作業している様子は目視出来る位置だ。
最初のトラブル以降、特に問題は無く脱落した部隊員も居ない。
作業開始から2時間。ロケットブースターの2基目が投棄された。
外部に設置されたイオンエンジンの姿勢制御の為の噴射でゆっくりエラスティスから遠ざかって行く。
今投棄されているロケットブースターは本来正常に作動するロケットブースターだ。
だがエラスティスの加速に使う事は出来ないとの判断から、万が一を考えて投棄している物だ。
破砕して随分小さくなったエラスティスだが、これでもまだ地球に落ちた場合、並の核爆弾以上の破壊力がある。
こちらも丁寧に破砕しなくてはならない。
幸いもう内部にマグネシウム等は存在しない事が分かっている。
感圧センサーにも異常は見られず、こちらも破砕作業は順調に進んでいる。
直径400mクラスのエラスティスをこの僅かな時間でこのサイズまで破砕出来た事は凄い事だ。
3基目のロケットブースターが投棄される頃には更に約半分の大きさになっていた。
学習して進化していくアンドロイド部隊と、それをサポートするKAMINAの能力は本当に凄いとルナは思っていた。
' JOKER(切り札)の出番は無いみたいね '
ルナは独り管制室から作業をする皆を見守りながらホッとしていた。
しかし突然スレイプニルの管制室にけたたましい音で警報がなり響いた。
ルナは状況が分からなかったが、突然スレイプニルのエンジンがオートで始動した。
エラスティスで作業をしていたカミナやキング達は一斉に上空のスレイプニルを見上げた。
カミナの目にはスローモーションの様にその瞬間が目に映った。
全員の死角から何かが飛来して、スレイプニルに直撃したのだ。
カミナの目にはそれは投棄した筈のロケットブースターの先端部に見えた。
避けようとしたスレイプニルだったがエンジンを始動した直後に ' ソレ ' は直撃し、爆散したのだ。
唖然とする部隊員達…
「ル、ルナーーーーーッ!!」
真空の宇宙にカミナの悲壮な叫びが虚しく木霊した。
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