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~6. 導く光
スレイプニルの管制室ではけたたましく警告音が鳴り響いていた。
ルナはKAMINAから送られて来る警告の内容に急いで目を通した。
それは未確認の飛来物がスレイプニルに急速接近している為、その場からの緊急離脱をしろとの内容だった。
目を通している間にオートでスレイプニルのエンジンが始動し、エラスティスへ打ち込まれているアンカーと部隊員達が移動する為の通路を緊急パージが実行されようとする寸前、激しい衝撃が船体を襲われた。
次の瞬間、管制室の天井が押し潰される様が自分に迫って来るのが見えた。
それがルナの瞳に映った最後の映像だった。
誰かが自分の名前を叫んだ様な気がしたが… 分からなかった。
~.
「ル、ルナーーーーーーッ!!」
カミナの叫びと一緒に他の部隊員達も爆発するスレイプニルを呆然と見上げていた。
「う、嘘だ…」
アンドロイド達が狼狽する姿がカミナの目に入る。
そう、彼らにもまたルナとの絆が生まれていたのだ。
彼らはスレイプニルを破壊されて帰還出来なくなった事よりも『ルナの命』が失われた事に絶望を感じていた。
「KAMINA!ルナさんの生命反応は!?」
カミナは即座にルナの現在の状態を確認した。
「… モニター… 出来ない… 」
KAMINAの沈んだ返事が返って来た。
「そ…そんな! スーツの故障かも知れない! 探せないのか?」
「こちらからの直接確認は無理だ。今は君達の目と、エラスティス先遣隊からのセンサーによる生体反応の情報を得るしかない… 」
カミナはスレイプニルの残骸周辺を見ると、エラスティスの先遣隊が既に捜索を行っているのが見えた。
「クッ!… 」
カミナは奥歯をギリギリと噛み締めた。
エラスティスのアンドロイド部隊員達も視力を最大限にして上空を捜していた。
「KAMINA… 一体何が起こったんだ! 」
カミナは苛立ちの混じった声で尋ねた。
「観測外の空域での出来事だから正確には分からないが… エラスティスからパージしたロケットブースターの一基に小型の隕石が衝突したと思われる…
ブースターの制御系には遠隔操作の装置が着いたままだが、そこからの信号は何も無かった。
恐らく制御系のあるエンジン周りを外れた位置に何かがぶつかり、折れたブースターが内部燃料を噴出してスレイプニルの方向に加速したのだろう… 」
宇宙空間は通常、人の感覚では認識出来ないレベルの無限の広さかある。
宇宙には多数の隕石が存在するが、それがピンポイントで衝突すると言うのは極めて、非常に極めて稀な事なのだ。
ましてやロケットブースター程度の大きさの物の土手っ腹にぶつかるなど、海の真ん中で落とした小さなガラスの欠片が泳ぐ小魚に当たって死なせてしまう様な物だ。
観測すらしてない場所で起こった出来事など分かる筈も無かった。
「衝突の前にルナさんの意識を宇宙ステーションに在る彼女の身体に移せなかったのか!?」
「そんな事が出来るなら勿論やっている!それが不可能な事は分かってるだろう!」
KAMINAも悲痛な想いをカミナにぶつけた。
そう、設備の整った固定された場所から、安静にした状態の人間への意識の量子テレポートは可能でも、
移動中で座標も定まらない、専用の設備も無い場所から活動中のルナの意識だけをテレポートさせる事など不可能なのだ。
そして…
エラスティスに居るアンドロイド達全員の目を通しても、センサーを駆使して生体反応を探索しても、遂にルナの遺体すら発見する事は出来なかった。
カミナは全身の回路が焼き切れそうな想いだった。
だがカミナは、エラスティスに残された全ての部隊員と共にエラスティス破壊の最後の作業に取り掛かった。
エラスティスを解体し、完全に脅威を取り除く事でしかルナの想いに報いる事も、地球を救う事も出来ないと言う事をその場の全員が理解していた。
もう誰も月への帰還が叶わない事も…
~.
「んー、十月も下旬になるとやっぱこの格好じゃ少し寒いなぁ」
ルナは首周りに当たる風を感じて季節の移り変わりを想うのだった。
相棒のバイクを走らせながら一瞬身体をブルッと震わせた。
片側二車線の直線道路、赤信号で停止線の先頭に止まる。追い越し車線側にも一台の車が止まった。
交通量は多くはない。目の前の横断歩道を渡る人達を見ながら、ふと左前方に目が行った。
「えっ?」
ルナは眉を潜めて歩道側に目をやった。
数人の少しガラの悪そうな男達が、一人のヒョロ男くんを決して広くない暗い路地裏に押し込んで行く姿が見えた。
'あれは… カミナくん!? 何でこんなとこに… '
「道場に行かなきゃって時に!カミナくん何やってんの!」
ルナは信号が変わるとすぐにその路地裏の先の歩道にバイクを寄せて停めた。
「おいガキ!俺らにテメェの価値観しつこく押し付けてんじゃねーよ!」
ガラの悪い男達の罵声が響く。
男達は咥えタバコをしたままカミナに詰め寄っていた。
「いや… だって地球が汚れるじゃないですか… それにボクは押し付けてませんし… 」
カミナは困った様に男達に説明している。
「あのなぁガキ。 俺達がタバコ吸ってるだけで地球を汚してるってか!?
それもまた俺達の周りでしつこく吸殻拾いまくりやがって……
しかもテメェ
『地球が汚れる 地球が汚れる』
って言いながらだったろうが!?
充分価値観押し付けてんだろうが!」
男達はタバコのポイ捨てをすぐそばで拾い集められていた事に怒っていた様だ。
「それはボクの口癖なので… すみません」
カミナのその嘘っぽい言い訳は男達の怒りの炎に油を注ぐには充分だった。
「ガキィ!舐めてんじゃねぇ!… そうだな… この辺は灰皿がねぇからなぁ。テメェに灰皿になってもらおうか!」
そう言って咥えていたタバコを手に持ち、カミナの額にジュッと押し付けた!
「何やってんのよアンタ達っ!」
雷鳴の様なルナの声!
ルナが男達を睨みながら飛び込んで来た。
カミナを路地裏に押し込んだ男達は三人。
カミナの額にタバコを押し付けた男を含め全員が一斉にルナを振り返った。
ルナは男達三人の中に入り、カミナにタバコを押し付けている男の後ろ襟を右手で掴むと一気に後ろに引き倒しながら男の膝裏に右足刀を踏み込む勢いで蹴り込んだ!
男はもんどり打って倒され、建物の壁に後頭部を強打して意識が飛んだ。
ルナは間髪入れず左手刀を右後ろの男の鼻頭に叩き込み、男は鼻血を出して涙が出る激痛で「ウッ!」と呻き声を上げて沈み込んだ。
「何だオンナァッ!」
残った男がルナの右前腕を左手で強く掴んで来たが、ルナは男に顔を向けると同時に男が掴んだ手を左手で離されない様に抑えて掴まれている腕の肘を男の前腕に乗せてグッと腰を落とした!
「グァッ!」
男は呻いて膝を地面に着いた。
ルナは男の腕を極めたまま振り返り
「カミナくん大丈夫!?」
とカミナの無事を確かめた。
「は、はい……」
キョトンと見つめるカミナ…
' あれ?… 前にもこんな事があった様な… '
「とにかく、カミナくん逃げるわよ!」
と、言うが早いかルナは更に思いっきり右肘を落とし男を突っ伏させた。
そして男の大腿部横につま先で追い打ちの蹴りを入れた。
「ギャッ!」と男は泣きそうな声を上げ立てなくなった。
その隙にルナはカミナの手を引っ張り路地裏からバイクのある場所まで走った。
「カミナくん、とりあえず手当するから!… て、カミナくんに手当は要らなかったわね… 」
「あなたは… どうしてボクの名前をご存知なんですか…?」
「えぇ? カミナくん何言ってるのよ?」
' カミナくんどうしたのかしら?…
大体どうしてカミナくんはあんな連中にやられてたの?
カミナくんの実力なら問題に…
あれ?…
待って…
これは私が初めてカミナくんと出会った時と同じ… '
ルナはバイクを走らせながら急に酷く混乱した。
『ババーンッ!!』
大音量と共にバイクは爆発し、同時に給油機も爆発した。
他の給油機も吹き飛ばされて破壊され、ガソリンが漏れ出していた。
その一瞬後にガソリンスタンドごと大爆発を起こした。
… 大きな火柱が薄暗くなった空に立ち昇った。
燃えさかる炎と爆発の中、ルナはカミナの大量のナノコートの髪の毛で包まれた状態でカミナに抱えられたまま吹き飛ばされていた。
ルナはハッと我に返り、自分を抱きしめているカミナを見た。
「… 無事… ですか… ルナ… さん… 」
「カミナ…くん… 」
カミナは自身とルナを守る為にナノコートを瞬間的に展開したものの、カミナの身体を構成していた ' N.D.B ' の人工皮膚は激しく損傷していた。
' どうして!?どうなってるの!? 何故『またこの場面』なの!? '
どう見ても既に命が尽きていてもおかしくない状態だった。
「カミナくん!!」
「守れ…良か…た… 」
目の前で『愛する男』の命が消えて行こうとしているのに自分は身動きすら取れない状態で身体を包んでいるナノコートに守られている。
「カミナくん!カミナくん!死んじゃダメ!『もう二度と』私の前で死んだりしないで!」
カミナはルナの言葉の意味は分からなかったが、ただぎこちなく、精一杯微笑んだ。
「ルナ… 愛… して…る… 」
「カミナくんっ!! 」
ルナの意識が遠のいて行く…
' どうして… 私は… 繰り返してるの?… '
「人はね、不可能と思える事柄を現実として見せられた時に、それを『奇跡』と表現するの。
奇跡を目にすると人は『不可能じゃない、可能なんだ』と信じる気持ちが生まれるの。
信じる想いは希望に繋がるわ。
希望は生きる気力になる。
勿論全員が信じる訳ではないけど…
でもだからこそ、私とカミナ君の間に…
つまり前例のない『人間』と『アンドロイド』が愛し合うと言う『奇跡』起こしてみせれば希望を抱いてくれる人がきっと増えると思うの
だから私は地球で待ってる人達に希望を持ってもらえる様に、あの時メッセージとして発信したのよ。
でも誤解しないで。
私は… 私は本当にカミナくんの事を…
貴方の事を愛してるわ」
そう言うとルナはカミナの肩に頭を預けた。
「… 分かりました。でもどうしてルナはボクを愛してくれたの?」
' あれ?… この質問に私はなんて答えたんだっけ… そうそう! '
「愛してしまった理由… カミナくんと出会ってまだ二週間も経ってないけど…
今私達は二人で地球を救う為に力を合わせてここ迄来る事になるだけの密度の濃い時間を過ごして来たわ…
偶然と必然の両方が作った出逢い…
179年の時を越えて、このタイミングで私達は巡り会った。
それはDNAにまで刻まれた運命の人…
私は命を救われたし、その為に貴方は一度命を落とした…
そして今私達は命を懸けて人類最大の困難に立ち向かってる。
こんなパートナーには地球上探したって出会えないわ」
ルナはふふっと微笑んだ。
「ありがとう… ルナ… ゴメン… 」
カミナはルナの肩を抱いた。
「… どうして謝るの?」
「ルナをもっと早く見つけられていたら、こんな危険な事に付き合わせなくて済んだのに… 」
「そんなこと…
このタイミングだったからエラスティスに立ち向かえるし、私はアンドロイドの貴方を愛する事が出来たのよ。
最高のタイミングじゃない」
「でもルナ… せっかくボクを愛してくれてもボクはルナの遺伝子を残せない」
「私の遺伝子?カミナくんとの?
アハハッ そんな事気にしてくれるんだ!」
「お、おかしいかな?… 」
ルナは頭を掻くカミナを見て、とても愛おしく思った。
「… ううん、おかしくないよ。嬉しい…
そうねぇ… カミナくんと私の子供かぁ…
どんな子供になるんだろうね…
新人類なのは確かね!
… でも、まずは帰れる場所を護らなくちゃね。私達はその為に今ここに居るんだから」
' そう!地球を救わなきゃ! 皆が待ってる地球を!
… でも私はもう… '
「そうだね。ボク達は地球の未来の為にこのミッションを必ず成功させなきゃならない!」
' … 思い出した… 私は… 私は…地球を…
カミナくん! 私、死んじゃったの!
もう君と同じ時を過ごせないの!
ごめんね… ごめんね…
嗚呼、でもカミナくん達は無事に最後までエラスティスを破壊する事を成し遂げたのね…
ありがとう…
みんなもありがとう… 御座いました…
みんなを月へ連れて帰れなくてごめんなさい!…
本当に、本当にごめんなさい…
せっかく仲良くなれたのにね…
父さん、カイト、師匠、先輩、教授… マスター…地球の皆さん…
私は帰れなかったけど…
みんなのお陰で地球は護られたわ…
後の事は… よろしくお願いします…
私… 何だかとっても疲れちゃった…
私なりに頑張ったよ?…
みんな許してくれるかな?… '
ルナの意識体(アストラルボディ)はもう眠ろうとしていた…
『…ナ… 諦め……ダ…よ… 』
' …? 誰? '
どこか懐かしい女の人の呼ぶ声が微かに聞こえた気がした。
『ルナ、諦めちゃダメよ』
' 誰だったかな… 知ってる声… 優しい声… '
するとまた別の女性の声が聞こえて来た。
『そうよ、諦めるなんて貴女らしくないわ』
ハッキリと、しっかりとしたよく知っている声…
ルナは瞼を開いた。
すると自分に向けて二人の女性の手が差し伸べられていた。
二人の女性
『さぁ、手を取ってルナ!』
言われるがままにルナは二人の手を握った。
すると二人の姿が見えた。
それは幼い頃に他界した懐かしい母の姿と、自分の分身とも言えるルナ・アシュレイの姿だった。
「お母さん…! アシュレイ… 」
ルナの頬を大粒の涙が伝う。
二人は笑顔を見せた後、ルナの手を引き煌めく星の中を飛んで行く。
「どこへ行くの?」
ルナは手を引っ張られながらキョロキョロと二人を見た。
アシュレイがルナを見て言う。
『まだ仕事は終わってないわ。ミッションは続行中よ』
母もルナを見て言う。
『そうよ、カミナ君や他のアンドロイドの皆さんを救わなきゃ。それが出来るのはルナだけでしょう?』
「う、うん!私がみんなを助けなきゃ!」
二人『さぁ、ルナ… これが最後の貴女の仕事よ』
二人の光る手に導かれた先には、静かに眠っている自分自身の姿が見える。
二人が繋いでいた手を放すと、ルナのアストラルボディはスッと本来あるべき場所に溶け込んで行った。
『頑張って、ルナ!』
「ありがとう… お母さん!会えて嬉しかった… 」
『私の記憶を持っていても、貴女は貴女よ、もう一人のルナ… 貴女は自分の人生を歩いてね… 』
「ここまで導いてくれてありがとう… もう一人の私… 」
そうして二人は光の中に消えて行った…
ルナは宇宙ステーションのカプセルの中で、パッチリと目を覚ました。
カプセルのカバーが開くと、傍には抜け殻状態のカミナのボディが眠る様に座っていた。
「カミナくん… 今度は私が貴方を、みんなを助けに行くから!」
ルナは眠るカミナをジッと見つめた後、クルッと背を向けると独りスペースポートへ駆け出した。
ルナの最後のミッションが始まる…
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