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~7. さようなら恋人
KAMINAは己の不甲斐なさ、無力さに苛まれていた。
せっかくカミナやアンドロイド部隊の力で『月の笑顔作戦』をやり遂げて地球を救う事が出来たと言っても、肝心のルナを、やっと月に導いて再会したと言うのに…
死なせてしまったのだ。
' やはりルナをエラスティスへと同行させるべきではなかったのか… '
しかしルナはカミナやアンドロイド部隊員達を無事にMBへ帰還させる為に『月の笑顔作戦』への同行を希望していた。
ルナはアシュレイと同様にMBを、そして自分を含めたアンドロイド達も大切にしていた。
それはエラスティス攻略までのアンドロイド部隊員達への接し方でも間違いのない事だった。
' ルナがカミナに対して特別な感情を抱いていたのは分かる。
ただ、アシュがボクをAI搭載型量子コンピューターとして育ててくれたからなのか、ルナは知ってか知らずかアンドロイド達の制限が掛かったAIの枷を解放しつつあった。
彼女はボクらの心までも大切にしてくれていた…
だと言うのに…
ボクは彼女の想いすら護れないと言うのか…
ルナを失った状態で、地球の人達にどの様に報告をすれば良いんだ… '
KAMINAは量子コンピューターの中でも最も進化した量子コンピューターであり、最高のAIを搭載した存在だ。
しかしそれ故の弱点を今露呈していた。
冷静さを失っていたのだ。
冷静に情報を処理出来ず、今後の可能性を導き出せないでいた。
自分の中にある感情と言うモノのせいで、やるべき事や普段なら感知出来る事も出来ない状態に陥っていた。
KAMINAは無意識の内にエラスティスに残された全員との接続までもカットしてしまっていた。
感情が全ての外界の情報を拒んでしまったのだ。
だから宇宙ステーションから一隻の高速救助艇が飛び出した事も気付かず、通信も受け付けなかった。
~.
一方、地球の西谷 櫻子は、量子コンピューター天照からKAMINAの異変を伝えられていた。
情報の詳細を自分の脳内で閲覧出来る櫻子は、良い知らせと悪い知らせの双方を受け取っていた。
良い情報は勿論『エラスティスの完全破壊成功により、地球の危機は脱した』事。
そして悪い情報は『灰月の搭乗していたスレイプニル号が事故により遭難。灰月の生死不明。エラスティスからのカミナ君を含むアンドロイド部隊の帰還不可能』と言う事… 。
勿論櫻子もルナの生死不明と言う情報に激しく動揺したが、最後の情報が気になった。
「宇宙ステーションから、高速救助艇がスレイプニル号遭難の後に発進。KAMINAに対して何度もコールするも応答無し…
高速救助艇からのコールの声の主は99.99%の確率で…
『灰月 ルナ』ですって!?」
思わず声に出して呟いた櫻子は、天照に見解を求めた。
' 天照、灰月はスレイプニル号の遭難に巻き込まれて生死不明なのに、宇宙ステーションから発進した救助艇からKAMINAにコールしたのがほぼ灰月で間違いないと言うのはどう言う事なの? '
『KAMINAは180年前は確立されていなかったテクノロジーを実現させ、MBに準備していた灰月 ルナのコピー体に灰月ルナの精神を量子テレポートさせ、その灰月 ルナのコピー体がスレイプニル号で遭難している。
灰月 ルナの本来の肉体は宇宙ステーションで保管状態にあった』
' 灰月のコピー体!? 精神の量子テレポート!?…
そんな事が出来るなんて…
でもじゃあ本来の肉体で灰月は生きてるって事ね。
そう… 良かった…
… … … でもちょっと待って。
KAMINAは灰月の精神をスレイプニルからテレポートさせなかったって事?
どうして?…
灰月を生死不明扱いにして通信をカットしてるのはなぜ? '
『KAMINAは灰月 ルナを量子テレポートさせていない。
灰月 ルナを生死不明扱いにしているのは、AIが灰月ルナの死亡を拒絶していると推測。
理由は、スレイプニル号遭難時に灰月 ルナの生命反応は感知されていない。
その時点でKAMINAのAIの状態が非常に不安定になりKAMINAは全ての接続をカットしている』
櫻子は、宇宙ステーションからルナの精神を量子テレポートさせたKAMINAが、何故ルナが死んだと思い込んでるのか段々分かってきた。
' 天照、精神の量子テレポートを可能にする為の条件は? '
『まずは量子テレポートを行う為の専用の機器、及び精神を受け入れる器として、本人の精神が本人の肉体として違和感を感じないハイレベルの器の存在。
そして量子テレポートさせる本人の正確な座標と器となる肉体側の正確な座標の把握。
この三点が精神の量子テレポートの必須条件』
' … 必要なのは『専用機器』、『器』、『座標』…
『専用機器』と『座標』!
そう、この二つが揃ってないからKAMINAは灰月の量子テレポートが出来なかったのね!
だからKAMINAのAIは灰月が死亡したと思って心を閉ざしてしまった… '
櫻子は現在の状況をおよそ理解した。
だがルナがどうして宇宙ステーションで意識を取り戻したかは分からなかった。
' 天照、灰月はどうして意識を取り戻す事が出来たのかしら? '
『… 不明』
' そっか… 天照やKAMINAでも分からない予測不可能な事が起こったってだけ認識しておくわ。
天照、灰月は今もKAMINAにコールを続けてる?
KAMINAが灰月をサポート出来ないなら、こちらからサポートする必要があるわ。
きっと灰月はカミナ君達の所に行きたがってるはず。
天照、灰月を導いてあげて '
『了解。以後灰月ルナのサポートは地球側から実行する』
' 待っててよ、灰月。天照をはじめとする地球側の全ての量子コンピューターがあんたを、そしてカミナ君達を手伝うから!あんたは一人じゃないからね… '
~.
ルナは心底焦っていた。
ルナは一刻も早くKAMINAにエラスティスに残るカミナ達の状況と場所を教えてもらう必要があった。
宇宙ステーションのアンドロイドに事情を話して最速の高速救助艇を発進させたのは良かったが、まさかKAMINAと連絡が取れないとは思ってなかった。
どれだけKAMINAに呼び掛けても応答が無いのだ。
こんな事は考えられなかった。
' どうして応答してくれないの!? '
KAMINAに何が起こってるのか分からない状況は、一刻を争う今、輪を掛けた緊急事態だった。
' カミナくん達を私が助けなきゃならないのに! '
そんな中、予想外の通信が入った。
しかもよく知っている懐かしい女性の声で。
『灰月、無事!?』
「西谷先輩!!… どうして!?」
もう付き合いも短くはない気の置けない間柄の櫻子の声に、ルナは驚きと喜びを隠せなかった。
『あら、迷惑だったかしら?』
櫻子はわざと意地悪に言ってみた。
「い、いえそんな事ないです!嬉しいです!」
『ふふっ、ありがと。そんな事より、あんたの状況は把握してるわ。月のKAMINAと連絡が取れなくて困ってるんでしょ?』
「… はい… 常にこちらをモニターしてる筈のKAMINAが、こちらから何度も呼び掛けてるのに返事が無くて… 」
ルナはべそをかきそうな声で答えた。
『うんうん、分かってるわ。KAMINAは今あんたが死んだと思って絶賛凹み中なのよ。だから全ての情報を自らカットしてるみたい。
でも安心して。灰月のサポートは地球側の量子コンピューター達がするからね。
ほら、もうエラスティスへの進路修正も終わってあんたの船は愛しのカミナ君のもとへ最短距離で加速中よ!』
「もう先輩!」
櫻子の冗談交じりの助け舟に、ルナはひとり顔を赤らめた。
『ま、冗談はさておいて… カミナ君達の状況だけど…
スレイプニル号が爆発した後、彼らは皆エラスティスが地球に影響を与えないサイズまで破砕作業を終えてるわ。
つまり助けは来ないと分かった上でカミナ君も彼らもちゃんと自分の仕事をやり切ってる。
地球の危機は去ったわ… 彼らのお陰でね。
幸い灰月の船は足が速いし、彼らが足場にしてる小さなエラスティスの欠片はラグランジュ4側から予定通り地球へ向かってる。
地球にただの流れ星として引っ張られる前には充分間に合う。
だから灰月。あんたも自分の仕事をやり切ってカミナ君達を連れて帰るのよ… 』
「… ハイ!」
『じゃ、地球で待ってるから。以上、通信終わり!』
プツッと通信が切れた。
櫻子は自分の携帯端末を耳から離した。
' … 無事に帰って来なさいよ… 灰月… '
ルナは櫻子に心から感謝すると共に、傷付いても仕事を成し遂げたカミナ達への想いを馳せた。
そしてその実、我が子同然の傷付いたKAMINAのAI(心)を癒す事も…
' あの子も、長い間独りで頑張って来たんだもんね… '
そしてルナは、自分は一人なんかじゃない事を自覚した。
「みんなが助けてくれてる… 私も待ってるみんなを助けて必ず帰るんだ!」
ルナは自らに檄を飛ばした。
~.
カミナは絶望の中にあった…
KAMINAとの接続はとうの昔に途切れていた。
だがKAMINAを恨む気持ちは無かった。
KAMINAの気持ちは自分の気持ちだからだ。
ここに居る仲間達も同様だ。
自分達のAIに変化が生まれ、それが何なのか分からなかったが、彼らはその変化を心地よく感じていた。
しかしルナの死を目の当たりにしてから何とも表現し難い苦しみも生まれ戸惑っていた。
だからKAMINAとの連絡が途絶えたと言うカミナや各部隊のキング達の説明にもただ『そうか』と思った。
だがそんなカミナの絶望と言う感情や『心』の自覚がないアンドロイド達の苦しみとは関係なく、
このエラスティスの脅威から地球を護ると言う『月の笑顔作戦』を完遂する為に彼らの身体は無条件に動いていた。
そして僅か10m四方の残骸と化したエラスティスの表面に、役目を終えたアンドロイド部隊員達は腰を下ろして身を寄せあっていた。
近付く地球の姿が徐々に大きくなって行く。
地球は目の前だ。
自分達もこの小さくなったエラスティスと共に地球の大気圏に突入する前に、今腰掛けているこの欠片の最後の破砕を行い、地球に流星となって消えて行く…
そんな想いを量子通信で皆が共有していた。
一人のアンドロイドの目から、突然少量の液体が溢れてヘルメットバイザーの前に漂うのを見た。
それは他のアンドロイド達にも伝染した。
量子通信で繋がっているからだ。
「カミナさん、この目から液体が出て来る現象はどうした事でしょうか… 」
カミナの傍にいたキングのアレキサンダーが尋ねた。
「… そうか… 君達も心を獲得したんだね… 」
カミナの言葉にアンドロイド達は皆驚いていた。
「これが… 心、ですか?」
カミナは少し微笑むと補足して説明した。
「その液体は、人間の言う『涙』だ。
人間は悲しかったり嬉しかったりと言う感情が揺さぶられた時にその涙を流すんだ…
つまり君達は、ルナと触れ合い、KAMINAから解放された事で『心』を獲得したんだ…
そんな設計やプログラムにない事を自然に君達も超越した存在になったと言う事さ 」
アレキサンダーはそれを聞いて素直に喜んだ。
嬉しかった。
なぜならAIが『心』を獲得する事は、科学者だけでなく、アンドロイドのAI自身にとっても夢だったのだ。
かつてルナ・アシュレイもそれを夢見た。
そしてKAMINAにAIを搭載し、育てたのだ。
世界初の最新型量子コンピューターに搭載されるAIがどこまで行けるのか…
「そうか… 私達は人間と同等の存在になれたんですね…
嬉しいなぁ…
けれど、残念です…
せっかく心を獲得したと言うのに我々はもうすぐ消えてしまうんですねぇ… 」
そうしみじみ語るアレキサンダーの心が伝搬したのだろう。
ヘルメットの内側に沢山の涙が浮かぶ部隊員達が続出してしまった。
その様子を見ていたカミナも、不意に感極まってしまった。
それはカミナは『心』の獲得以外に、もう一つ獲得していた物があったからだ。
それはルナへの『愛』だ。
カミナは自分の感情やデータを自動的にクラウドにアップロードをし続ける事でボディを乗り換えて来た。
しかし、今はそのアップロードを意図的に止めていた。
もう別のボディに乗り換える必要も無ければ、乗り換えてもルナはもう居ないのだ。
『月の笑顔作戦』を完遂した事で、もう自分の成すべき事は終わった。
もう悲しい想いを抱き続けるなんて辛い事に堪えながら存在し続ける事に、意味なんて見い出せない。
だから自分も地球の大気となってただ地球を見守る存在になればそれで良いと考えていた。
今この瞬間も辛いのだから…
地球は180年前とは違い、とても穏やかだ…
' 取り敢えずボクの役目も、これで終わりかな…
さよなら… ボクのルナ… '
「みんな!諦めないで!」
突然ヘルメット内に声が響いた。
「ルナ…さん… え!?」
カミナは立ち上がり、周囲を見渡した。
他の部隊員達も辺りを探し始めた。
「みんな無事なの!?」
ルナの姿は見えない。だが…
「聞き間違いじゃない!」
カミナも他の部隊員達も確信した。
「ルナさん!」
「ルナさんだ!!」
「どこ!?」
皆狭い場所でざわついた。
「みんな無事なのね!今更『さん』付けは無しよ!」
カミナは信じられない想いだったが、これ以上ない嬉しい誤算はなかった。
「ルナさん!!」
「カミナくん!… … ちょっとカミナ君? あなたが率先して『さん』付けは止めてよね!」
ルナはそう言って笑った。
「ごめん… ルナ… でも生きててくれたんだね!」
カミナは涙声で姿の見えないルナの通信に返事をした。
「当然よ!私はみんなを助けるJOKERだって初めに言ったでしょ?…
なぁんて… みんな心配掛けてゴメンなさい… 本当に…
でも私… ちゃんと助けに… 迎えに来たよ!」
ルナの声も感極まっていた。
そして…
ルナの高速救助艇が減速の為の逆噴射を行った。
高速艇故に逆噴射は強力で、眩く光を放った。
カミナは正面に地球を見て、左後方に月が照らされている…
全天周は数え切れない星が煌めき、その煌めきよりも強い光を放ちながらルナの救助艇は接近して、カミナ達の足場になっている小さなエラスティスの欠片と速度を合わせた。
救助艇から救助用小型ロボットが放出される。
それぞれが部隊員達を救助を開始した。
その様子をカミナは見届けている。
先遣隊のアンドロイド達の観測シャトルは丸ごと救助艇に収容された。
彼らは最も長くこのエラスティスを見つめて来た存在だ。
カミナは通信で直接彼らに「お疲れ様でした」と伝えた。
すると救助艇から一人自分に向かって近付いて来る人影が…
「… ルナ!」
「カミナくん!」
エラスティスと救助艇の間、星々の光の中で二人はお互いを抱きしめあった…
その後全員が救助艇に収容され、ゆっくりとエラスティスの欠片から離れて行く…
ルナとカミナはそのエラスティスの最後の欠片を見ながら呟いた。
「さよなら… エラスティス(恋人)… 」
エラスティスの最後の欠片は、無音の宇宙の中で、粉々に砕け散った…
砕け散ったエラスティスだった物は、地球に吸い込まれる様に落ちて行った。
ルナは予告通り、JOKER(切り札)としての役目を果たした。
時に新星暦0049年(NE0049) 11月20日05:07
その日、普段なら話題にも上らない僅かばかりの流星群を見る事が出来た人達は幸せである…
人間が、永きに渡る厄災に勝利した証なのだから。
第四章. 星々の光の中で… END.
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