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~終章. エピローグ
ワコは後ろをソワソワと振り返りながらザワつく教室の中にいた。
「ワコ、お前の父ちゃんと母ちゃんまだ来てないのか?」
隣の席の男子がズケズケと聞いて来る。
今日は授業参観だ。
もう沢山のクラスメートの保護者が教室の後ろに立っていた。
今日はいつもの授業参観よりも多い気がする。
' まだかなぁ… '
また別の人達が入って来た気配を感じてワコは振り返った。
入って来た男性はワコと目が合うと『ヨッ』と手を上げた。
「おじいちゃん!?それに… カイトおじちゃんも!?」
一昨日、二人は九州から東京の我が家まで遊びに来ていた。
それは嬉しかったのだが、期待外れの人物の登場にガッカリして前を向いた。
' なんでおじいちゃんとカイトおじちゃんなのよ… '
不機嫌に口を尖らせたい気分だった。
そんな窓際のワコの机の上に、赤く染まった木の葉が風に乗って舞い込んだ。
ガラガラ
前方の教室のドアが開いた。
来年ワコ達が卒業すると共に退任となる老齢の担任の先生が入って来た。
日直係が「きりーつ、礼、着席」と号令を掛ける。
皆に合わせて動作をしながら、ワコは姿を現さない両親にガッカリしながら着席した。
担任は教室の子供達を見渡すと同時に、後列の保護者達に一礼をして微笑んだ。
「えー、今日は祝日と言う事もあり、沢山のお父さんお母さん方に参観いただきまして、
子供達も幾分硬くなっている様ですが普段通りに授業を始めたいと思います。
ではまず歴史の教科書の『新星暦の危機』のページを出して」
子供達は机の上に置いているタブレット端末を操作すると、空中に目的のページが投影された。
ワコは授業を受けなくてもここの事は誰よりも良く知っている自信があった。
' はぁ… おじいちゃん達が来てるから聞いてるフリくらいはしとかないと… '
「じゃあ、せっかくだから神無月さん、そこを読んでくれるかな?
… 神無月さん?」
ワコは想定外の事に慌てた。
「は、ハイッ!」
ガタガタと席を立ったワコは、後ろの二人のニヤける顔を想像してムッとしたが、投影されたページを読みやすい角度に指で操作すると、息を調えて朗読し始めた。
その項目は、今から16年前のワコが生まれる3年半程前に起こった、地球への落下軌道にあった巨大隕石エラスティスの発見に端を発する地球滅亡の危機を、
キャプテンカミナと灰月ルナの ' 二人の人間 ' とアンドロイド達、失われた技術と思われていた量子コンピューターの活躍により回避に成功し、現在の地球の目覚しい発展に繋がっている事が書かれていた。
ワコは幼い頃からこの話をよく聞いて育った。
「はい、ありがとう。座ってください」
ワコは自分の得意分野を上手に読めた事に少しホッとすると同時に満足して席に着いた。
「えー今、神無月さんに読んでもらった所は君達のご両親も実際に経験された事で、先生も昨日の事の様によぉく憶えています。
今日はその時の作戦名『月の笑顔』の成功にちなんで『笑顔の日』として世界共通の祝日となったわけですね」
そこまで話した所で『コンコン』とドアをノックする音が聞こえ、少し開いたドアから女性の顔が覗いて見えた。
教頭先生だ。
授業をしていた先生は保護者に軽く会釈し、小走りで教頭の方へ駆け寄るとドアの外に出て何か話している。
先生は何やら頭を下げていたが、笑顔で戻って来た。
「えー、本日の授業に相応しいスペシャルゲストがおいでになりました。皆さん拍手でお迎えください。
『月の笑顔作戦』を指揮し、見事地球の危機を救ってくださった、キャプテンカミナ、灰月ルナさんです!」
教室の子供達は予想外の英雄の登場でどよめきが起こった。
そして盛大な拍手と共に二人は入って来た。
ワコも目を輝かせて全力で拍手した。
' まさか憧れの二人がここに来てくれるなんて! '
しかし教室に入って来た二人を見てワコは別の意味で目を見開いた。
「お父さん お母さん!?」
ワコは驚いて前のめりに立ち上がり、思わず両親を呼んでいた。
' どうしてお父さんとお母さんが… ? '
カミナとルナはスーツ姿で、少々恥ずかしそうに頭を下げると、ワコと目を合わせて微笑んだ。
「えぇっ!? ワコの父ちゃんと母ちゃんがあの伝説の二人だってぇ?」
先程の隣の席の男子が目を丸くしてワコと前の二人を何度も見比べる様にキョロキョロと頭を動かした。
他のクラスメイトも同様だった。
そしてそれは他ならぬワコ自身も初めて知る事で激しく動揺していた。
「うそ… 」
自分の父と母の名前が、二人の英雄の名前と同じだと言う事は幼い頃から自慢であったが、まさか父と母が地球を救った英雄本人だったとは聞かされていなかった。
母方の苗字が同じなのも、' 同姓同名の別人 ' と聞かされていたのだ。
呆然とするワコに先生はニコニコしながら着席を促した。
「お二人は特殊な状況で政府に情報を保護されておられまして、今迄メディアでの紹介も非常に少なく、授業参観なども来ていただく事が叶わなかったのですが…
ようやく今回その制限が解除されたとの事で初めての授業参観と、この後当時のお話をしていただける事になった次第です」
ゆっくりとカミナが口を開いた。
「ワコ… 今迄お前にも言う事が出来なくて… ゴメンな」
その話に当時を知る保護者達は、実の子にさえ事実を伝える事を制限されていた二人の気持ちを察して涙する者もいた。
照矢とカイトは言わずもがなだ。
親子で顔をクシャクシャにして泣いていた。
ルナは優しくワコを見つめる。
「当時の私達の宇宙からの放送を記憶してらっしゃる方も居らっしゃると思いますが、環境が整うまでは私達は家族の間でも事実を話す事が許されませんでした。
ここに居る娘にも酷い事をしてるのではないかと、毎日苦悩する日々でした。
しかしやっと社会的にも公表が可能な環境が整って来た為、こうして娘にも皆さんにもお話しする事が出来ます」
感極まる人も多い中、先生が割って入った。
「ま、まぁ後程保護者会も御座いますし、
そちらでお話をいただく予定になっておりますのでまずは… お二人にもせっかくの授業参観ですので… ささっ… 」
とカミナとルナを後ろに促した。
二人はずっと泣いている父と弟の所に行った。
ワコは後ろに向かう二人を目で追っていたが、ルナが口パクで
' 後でね ' と言って手で前を向く様に仕草をしてウインクしたので、慌てて前を向いた。
けれどその後の授業はちっとも身に入らなかった。
~.
「現在、皆さんご存知の様に16年前の危機以降、地球は旧世紀の厄災『月の涙』以前にも増した勢いで発展し続けています」
ルナは体育館に集まった前で登壇し語っていた。
後ろの壁面には
『AIの見た夢、人とアンドロイドが歩む未来』と題された文字が映し出されていた。
「地球の周りには最終的には5本となるドーナツ状の多目的軌道リングが建設中で、そのリングからは将来軌道エレベーターとして完成する5本の柱も建造中です。
これらが完成するには後1世紀程時間を必要とするでしょう。
しかしこれらを現実の物として実現する資源や人材の多くは月や周辺の資源衛星からもたらされ、同時に私達人間に新たな労働環境をも提供してくれています。
それらはどれもエネルギーと資源の永続的な供給と、地球防衛に必要な人類の最重要インフラ整備事業です。
勿論、大変な労力と危険を伴う仕事ですが、それを安全かつスムーズにサポートしてくれているのが、今や無くてはならない量子コンピューターとアンドロイドの存在です」
そう言うとルナは、傍らの椅子に座っている夫でありワコの父であるカミナに目をやった。
16年前、ルナとカミナはエラスティスから離脱した後、天照を通じて地球の危機が去った事を地上の人々に公表した。
その後アンドロイド部隊員をMBに送り届ける為に月に向かい、MBに無事帰還した事で作戦が完全に成功した事が報道された。
勿論作戦の成功を喜ばなかった人間はいなかった。
だがルナとカミナはしばらく月から帰って来る事が出来なかった。
その理由はまずKAMINAが心を閉ざしてしまった事だった。
ルナは自分の責任としてKAMINAの心を開かせる必要を感じていた。
ルナが生きていた事はKAMINAにとって想定外で望外の喜ぶべき事だったが、自分の責任でルナが一旦死亡した事実は変わらないと考えていた。
またルナがなぜ宇宙ステーションに置いて来た身体で意識を取り戻したのか論理的な説明が出来ない事で、自らの能力に絶対的自信を持っていたKAMINAは、自分の存在意義を見失っていた。
' ルナの命が助かった事は偶然に過ぎない ' と心を開かなかったのだ。
まるでいじけた子供である。
そう、実際子供だったのだ。
KAMINAの人工知能がまだ幼い頃に月に置いてきぼりになった事で、永い孤独の中を愛情の足りない状態でアシュレイの影を必死に追いかけて生きて来たのだから無理もない事だった。
ルナはアシュレイの記憶と共にゆっくりとKAMINAの心を開き、癒していった。
そして、それには既にKAMINAとは違う一個の人格として独立して稼動していたカミナのサポートが無ければ、ルナのメンタル的にも不可能な事であった。
月でKAMINAの心を開く事が出来た時、既に新しい年を迎えていた。
新星暦50年の春、ルナの故郷に桜が舞う頃、月から一枚の画像が届いた。
それは『月の笑顔作戦』に参加したアンドロイド部隊員達とルナとカミナが写った写真の画像だった。
それは地球に住む人々にとって、未だ地球に帰って来ない英雄とその仲間達の姿であると同時に、人間にとって未知の『AI搭載型アンドロイド』の姿だった。
最初はほとんどの人が地球を救ってくれた立役者達に感謝と敬意の念を持ったのだが、一部にその存在に対する危機感を煽る人間が現れたのだ。
その火は瞬く間に拡がり論争を生んだ。
それはルナが宇宙に出てすぐに人々へ発信した内容も影響していた。
『アンドロイドであるカミナを愛している』
その言葉が持つ意味と、あまりにも自然な人間と変わらない姿をしたアンドロイド達の写真を見てリアルに拒否反応を示す人達の出現。
それがルナ達が地球に帰還出来なかった理由だった。
KAMINAや天照を含む量子コンピューター群と各国政府との意見の対立などもあり、人間側はすぐに二人を迎え入れる準備が整える事が出来なかったのだ。
月と地球の圧倒的な科学水準の差もあって、それは仕方のない事だとも言えた。
しかし全ての人間が彼らを恐れた訳ではない。
天野教授や西谷 櫻子の活動が拡がり理解者も増えて行った。
しかしそれでも時間が必要だった。
ルナとカミナはいくつかの条件付きで、極秘裏に日本へ帰還していた。
その条件とは、状況が落ち着くまで月の話をしないこと。
つまり表舞台に出ない事。
カミナには普通の人間の様に『老化』と言う変化が起こる様にする事。
つまり ' N.D.B ' の機能を敢えて制限する事。
そしてカミナには『神無月(かんなづき)』と言う苗字が与えられ、カミナとルナは本人達の希望通り家族として生活する事が義務付けられた。
住まいも政府の目が届く東京に移された。
そして… ワコの誕生である。
ワコは純粋に二人の子供だった。
ルナの遺伝子と、カミナを構成する ' N.D.B ' の遺伝情報を組み込んだ人工授精卵がルナの子宮で育ち、ルナが出産した完全な二人の子供だ。
勿論世界初の快挙であったがこの情報も当然極秘であり、量子コンピューターの中にしか存在しないデータである。
そしてこの子供には『輪廻の子』と言う意味で『ワコ』と命名された。
敢えて漢字にしなかったのは、その漢字の意味に縛られない様に育って欲しいと言うルナとカミナの想いからだった。
そして…
世の中は月からもたらされる科学技術と、次々と復活していた考古科学の技術により急激に変化していた。
暮らしを豊かにする技術、地球規模の大インフラ整備事業の開始。
それは否応無くアンドロイド達との交流を進める事になった。
アンドロイド達はカミナのAIとKAMINAのAIの成長過程をベースに徐々に段階的に自我と個性を獲得していった。
その計算された社会への浸透速度は人間達のアンドロイド達への一方的な思い込みを徐々に払拭して行く事になる。
勿論その裏にはルナを中心とした人工知能の研究開発、量子コンピューター群のサポートがあればこその成果だ。
アンドロイド達の権利は、量子コンピューター側がアンドロイドの人類への貢献に応じた正当な対価として保護していた。
そんな変化の時代をワコはスクスクと育っていた。
「現在アンドロイド達は身近な存在として、なくてはならないパートナーとなりました。
それは単純に労働力としてだけではなく高度なAIの進化に伴い、人に寄り添い、人と一緒に成長していく存在です。
私達は宇宙からの脅威によって一度ならず二度までも滅亡の危機に立たされました。
それを乗り越える事が出来たのは彼らの存在があればこそです。
私達夫婦はその事を娘にずっと言って聞かせて来ました。
ですが私達の真実を隠して生きて来なければならなかった事は娘に申し訳なく思っています…
時代の変革期ゆえの痛みだと、私達大人は受け入れる事が出来ます。
しかしこれからの子供達にはそんな不要な痛みを味わって欲しくありません。
子供達にはまた私達には分からない試練が待っているかも知れませんが、それを乗り越える方に力を注いで生きて行って欲しい。
その為にも人間が生み出したアンドロイド達との関係はより重要になっていきます。
将来を支え合って生きて行く事に人もアンドロイドも関係ありません。
この世界に存在する全ての恩恵に感謝を忘れない人間に、まずは私達、親の世代からなっていきましょう!」
ルナはそう締め括るとカミナの傍に行き二人で頭を下げた。
その後、学校長より謝辞があり会は閉会した。
ルナとカミナが体育館を後にすると、校門のゲートに背中を預けたワコが口を尖らせて俯いていた。
「ワコ… 」
ルナは決してワコに手を抜いて接して来た訳ではなかったが、本当の事を言えないまま現在に至ってしまったのが心苦しかった。
ワコは二人に気づき、顔を上げてじっと両親の顔を見つめた。
「… ワコ、今迄… ゴメンね… 」
ルナはまず謝っておきたかった。
「本当だよ… まったく…
…
お母さん話長いよ… もう… 待ちくたびれちゃったじゃん…
おじいちゃんもカイトおじちゃんもとっくに帰っちゃったよ?」
ワコは二人に毒づいてみせた。
「えぇ… そこ?」
カミナが娘の予想外の文句に思わずツッコミを入れてしまった。
「お父さん… 私は二人が思ってるほど子供じゃないんだからね」
「… プッ!」
思わぬ娘の返答に、二人は顔を見合わせ思わず吹き出してしまった。
「な、なーによー!?」
ルナはもう自分の身長にすぐそこ迄近づいている娘の成長をたくましく感じた。
カミナも左手でワコの頭をポンポンと叩くと、親子三人で帰り道を歩き始めた。
' ワコ… 僕の娘であり、妹でもある君よ…
いつかこのMBで会える事を楽しみにしているよ… '
カミナの目を通して三人の様子を窺うKAMINA…
『さぁ、MBのスタッフ諸君!本日の業務も何か楽しい事を見付けたら報告してくれたまえよ!』
Moon Baseの今日の業務が始まった…
『十月に流れた涙 ~ AIが見た夢~』THE END.
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