~1. 天野教授

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~1. 天野教授

九州統合大学(通称 九統大)の大学院生であるルナは、機械電子工学の権威 天野修二教授の研究室に入っている。 そう、ルナは科学者の卵なのだ。 その研究室に、ルナは凄い客人を連れて向かっている。 ヘルメットのシールドのディスプレイに表示されている現在の時刻は… ' 08:38…… ま、9時には間に合うわね ' ヘルメットには様々な情報が表示される。 必要な情報として、地図、渋滞情報、360°のモニター映像等々。 適切な情報を与えてくれるので、かなり安全且つスムーズな走行を可能にしてくれるのだ。 ルナはシールドに映し出されているカミナの顔を見て思う。 'この子、一体何者なのかしら… こんな身体してるけど、体重はカイトより軽そうだし…… 身長はカイトより少し高いんじゃないかしら…… ' カミナは痩せ型で顔立ちも優しい感じだ。 邪気が無い為、恐がられる事は無いだろう。 逆に舐められるタイプだろう。実際に男達に絡まれている所をルナに助けられている。 しかしカミナも人を恐れたりはしない様だ。人懐っこいのは言動からも分かる。 様々な思いを巡らせているうちに大学の駐輪場に到着した。 表示されている時刻は ' 08:52 ' 予定より数分早く到着した。 それはルナの気持ちが急いていたからかも知れない。 「フゥ!」 ルナもカミナもバイクから降りヘルメットを脱いだ。 「カミナくん、二人乗り上手いね! タンデムしてても心配せず運転出来たわ」 ルナは少し感心してそう言った。 初めてバイクに乗る人は大抵恐怖を感じたり、どこを掴んで良いのか分からなかったり、カーブでの体重移動が分からなかったりするからだ。 ' 昨夜乗せた時は初めてバイクに乗った感じだったんだけど… ' カミナは笑顔で返した。 「じゃあ行こうか」 ルナも少しウキウキしながら研究室の方へ案内した。 カミナはキョロキョロしながら初めての場所をルナに着いて歩いて行く。 歩いているとルナは前方から来る見知った顔に気付いた。 「おはようございます西谷先輩!」 西谷 櫻子 25歳。 考古科学を研究しているルナの高校時代からの仲の良い先輩だ。 「おはよう灰月 あら、アンタが男連れ何て珍しいわね どちら様?」 「アハハ…… 珍しいは余計ですぅ!」 ルナは少し口を尖らせて答えた。 「あぁ…… 彼は… 彼は従兄弟なんです… 」 咄嗟にルナはそう答えた。カミナについての説明などややこしくて出来なかったからだ。 西谷は 「ジーーーッ」 と声に出して疑いの眼差しをルナに向けた。 ルナは焦って「あ、今度うちの大学受けようかなって言ってて、それで見学に連れて来たんですよ」とまた嘘をついた。 それに対して口を挟んだのはカミナだった。 「ルナさん、僕そんな事言ってませんよ?」 ルナは振り向いてカミナの顔を見つめ… 肩を落とした。 「アハハッ! 灰月後ろから刺されるって奴だね!」 西谷は愉快そうに声を出して笑った。 「アンタほんと嘘が下手だよね 昔従兄弟とか居ないって私に話した事あるの忘れたの?」 ' そうだった…… この人は昔の事よく覚えてる人だった…… 従兄弟居ないとか話した事あったっけ? ' ルナは自分が忘れてても西谷が覚えてるという事を何度か経験していた。 だから反論は出来ない事に更に肩を落とした。 「灰月は過去の事すぐ忘れるもんね」 クスクスと笑いながら西谷は言った。 「…私からしたら羨ましいけど…… 」 西谷は昔の事をよく覚えている。それは良い面もあるが、辛い出来事を忘れられないと言う事でもあった。 「先輩… 」 ルナは西谷の忘れたい過去の事を想い、何も言えなかった。 西谷が専攻している考古科学とは、失われた技術『ロストテクノロジー』を発掘し研究、現代に役立てる学問だ。 『温故知新』を座右の銘にしている西谷は歴史が好きだった。 過去の事をよく覚えていると言う西谷の性質も関係あるのかも知れない。 「ま、そこの彼の事はまた改めて紹介しなさい!もう研究室行かなきゃ!」 「あ、ハイ そうでした! じゃ先輩また!」 ルナも慌てて研究室へと急いだ。 9時になる数分前にルナは『天野研究室』に入った。 部屋に入るとルナは自分のロッカーにベストを掛け、カミナのジャケットも自分の隣に掛けた。 次にルナは掃除用具の所から雑巾を持って来てカミナに見せた。 「カミナくん、これも君の髪の毛で綺麗に出来るかしら?」 ルナは天野教授にカミナの説明をする時に、一番簡単に興味を持ってもらえる方法を考えていた。 「はい、綺麗に出来ると思います。結構汚れたり繊維が解れたりしてる所があるみたいなので、今の僕の髪の長さだと3本程必要だと思いますが」 「オッケー!教授が来たら君を紹介しなきゃいけないから、その時に髪の毛3本貰えるかしら?」 「分かりました」 カミナは快諾した。 この研究室は九統大の中でも大きい方に入る。 それは天野教授の研究が過去広く認められた事があるからだ。 だからこの研究室に入っている学生も少なくない。 ルナにしても、これから先の時代は何の分野であってもエンジニアが活躍するだろうと言う読みがあった。 教授の様に研究者、学者としてやって行く事を目指す者も居たが、ルナは家業の整備工場をこれからも永くやって行く為に先進技術にも深い知識が必要になると言う思いがあった。 事実、昨今のオートバイ業界も電子制御の物が増えていたし、関連する用品にも当たり前に電子制御が採り入れられていた。 ルナのヘルメット然り、服装然りだ。 様々な分野でエンジニアが必要とされている。 しかしこの研究室では、常に此処で研究をする学生は多くはない。 教授の手伝いや、研究室の機材が必要な場合を除きリモートで自宅で研究してる者も多く存在する。 研究内容によって毎日大学に通う者も居れば、そうでない者も居るのだ。 ルナの場合は直接電子制御部品を触る為にほぼ毎日通っている。 本来研究室でするべき事ではない、電子機器の修理等が他の学部から依頼で持ち込まれたりもしているからだ。 大きな課題はやはり天野教授が中心になるので、研究チームに参加する学生は情報セキュリティのしっかりした中でやっているのだ。 さて、そうこうしているうちに天野教授が研究室に入って来た。 ルナは忙しい身である教授に『会って』相談するその為に朝一番に研究室に来たのだった。 「おはようございます教授!」 ルナは普段より元気に挨拶した。 「お、おはよう灰月君。今朝は一番乗りかい?元気が良いねぇ」 天野教授はとても人当たりが良い。 なんでも若い頃に発表した研究の時に色々な人とぶつかってしまい、協力を得られなくなった事で研究がストップし窮地に陥り、その時対人関係を円滑に構築する事の重要性を学んだらしい。 引いてはその『障壁』を上手く解消する事に注力する事で新たな研究が進んだとも聞いている。 それが天野教授の一つの人生哲学にもなっている様だ。 「はい!実は紹介…と言うか是非教授に診て頂きたいんです。彼を… 」 ルナはカミナの背中を押して一歩前に押し出した。 「初めまして、カミナです」 天野は少し見上げる感じでカミナをみた。 「ご丁寧にどうも。天野です… 灰月君と来たと言う事は何かの修理依頼かな?」 ' 教授!それじゃ私がただの修理係みたいじゃないですか! ' 心の中で叫んだが、苦笑いするしかなかった。 確かに今回も 『修理依頼』に違いはない。 ルナはカミナが何か口走る前に先に天野に説明を始めた。 「修理依頼と言えばそうなんですが、その前にコレを見て頂きたいんです」 そう言って持っていた雑巾を天野に見せた。 「ちょっと見てて下さい。カミナくん、髪の毛を」 「ハイ」 カミナは髪の毛を3本抜くとルナの手の上に広げられている雑巾の上にそっと乗せた。 天野はやや怪訝そうに覗き込む様に雑巾を見たが、すると…… 「な、何と!!」 予想通りのリアクションが返って来た。 雑巾はあっという間に新品同様に変化したのだ。 天野は少し黙ってからルナとカミナの顔を見た。 「… わざわざ私に手品を見せたかった訳では無さそうだね。これは灰月君。どういう事かな?」 「教授、信じられないかも知れませんが… これは彼、カミナ君の髪の毛がナノコートとしてこの雑巾を改質、復元したんです」 天野は一呼吸置いてルナに言った。 「灰月君はコレがナノコートだと断言するに値する証拠でも発見したのかね?」 「証拠と言える物を確認はしていませんが、そう信じるだけの現実を今お見せ出来ます」 天野はルナの真剣な顔を見て頷いた。 「分かった。では見せてくれるかな」 ' 待ってました!' ルナはヨシッと拳を握った。 「はい!… じゃカミナ君、ちょっとこの椅子に座って。それから君の壊れてる所を見せて頂戴」 カミナは笑顔で応え椅子に座って天野に見える様に後ろ髪を少し掻き上げて、昨夜灰月家でやった様にうなじ部分の蓋を開けた。 「おお!?コレは!…… 」 天野は目を見開いた。 「中を見て下さい」 灰月に言われるまでもなく天野は顔を近付けた。 天野は齢60の還暦を迎えて居たが、少年の様な顔をしてその部位を覗き込んでいる。 ルナは横から説明を始めた。 「彼が言うには、自分の身体は ' N.D.B. 'で出来ているそうです」 天野は更に驚愕した顔でルナの顔を見た。 そして静かに体を起こすとカミナに尋ねた。 「… カミナ君と言ったね… 君は歳は幾つだい?」 ルナもカミナの歳までは聞いてなかった。弟のカイトと対して変わらないだろうと勝手に思い込んでいた。 「ええと、僕の身体構造では人間の男性の20歳の設定ですが、製造された時から数えると… 」 ' 数えると?…… ' 「180歳です」 「ひゃくはちじゅう!?」 ルナは腰を抜かしそうになった。 天野も勿論驚きを隠せなかったが、冷静に言った。 「… カミナ君…… 君は純粋な ' N.D.B. 'によるアンドロイドなのかい?」 「…アンドロイド?…… 僕は人間じゃない?… ああそうだ… 僕はさっき自分で人間の男性と言った…… 僕は一体…… 」 カミナは天野の問いに明らかに混乱した様子で頭を抱えた。 「カ、カミナ君!?」 ルナは反射的にカミナの肩を支えた。 「…僕は… なんなんだ?… 」 天野は信じられないと思いながらも目の前の青年を見て呟いた。 「この青年は『月の涙』より以前の存在…… 旧時代の生き残りだと言うのか…… 」
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