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彼はヘルメットとサングラスを外して俺の横に座った。生意気そうな言い方をする割には、まるで高校生くらいに見える横顔。もしかして、本当に学生?まじまじと顔を見ていたら、ミネラルウォーターを口にして彼がこっちを向いた。 「僕、村上って言うんだ。良かったらお兄さん名前教えて?」 「幹、です」 どう考えても向こうが歳下なのに、何故か敬語を使ってしまう。これもサラリーマンの悲しい性だ。 「敬語やめようよ。こんな気持ちいい場所でさあ、それに僕の方が歳下ぽいし。僕、二十三歳だけど幹っちは何歳?」 幹っち!出会って十分であだ名とか。自由すぎる……。学生ではないにしろ、まだ二十三歳ならまだまだぬるい毎日なんだろうな。 「二十八」 「へー!五つも上なんだ。短い間だけど、よろしくね」 そう言うと手を差し出してきた。ああもうめんどくさいな……と思いながら握手した。 結局、戻ろうと思っていたのに村上に押し切られる形で進むことになった。村上はパンパンになった俺の脚を揉んでくれた。少しくすぐったかったが、そのおかげでかなり楽になったのでありがたい。背伸びをして休憩を終え、再び自転車を漕ぎはじめる。 シャーっと坂道を下る音と共に風が頬を撫でていく。 俺が先に行き、後ろに村上がついてくる様な形だ。広い道であれば横に並べるが、基本的に一列になって走る。一人で走っていた時は、レンタサイクル屋でもらったパンフレットに載っている休憩所しか行かなかったのだが、村上はそれに載っていないような休憩所や、景色のいい場所を教えてくれながら進む。お寺だったり、ジェラートやさんだったり。歴史資料館も案内された。水軍城の前では村上って名前はここからきてるんだよ!と得意げに語ってきたのでハイハイと適当に答えてやった。 数時間前に初めて出会ったとは思えないくらい、話しやすいのは村上の性格からだろう。そしていつもならこんなに話ができないオレが話せているのはこのロケーションと自転車のおかげなのだろうか。 「幹っちー、そこ右折」 「ちょっと、また休憩かよ!さっき行ったばかりだろ」 「初心者さんはゆっくり行かなきゃ。また脚がパンパンになっちゃうよ?」 「う……」 痛いところを突かれて、オレは仕方なく右折する。すると結構な急斜面の坂が目の前に立ちはだかる。汗だくになりながら上がり切った時、村上がそこで止まるように言う。 顔を上げた俺の目に入ったのは、海だ。そして左右に広がる急斜面に木がずっと立ち並んでいた。テレビで見た景色。青い空、青い海。緑の木には黄色の果実。レモンだ。 「どう?中々いい眺めでしょ」 村上が背後から声をかけてくる。 「僕のお気に入りの眺めなんだ」 そういうと、ヘルメットをとり、レモンのなっている木のそばに行き、突然果実を一つもぎ取った。おい、それヤバいんじゃないのか!?自然になってる訳ではなくて誰かが育ててるんだろ? 「食べてみる〜?」 悪びれる様子もなく、レモンを手にする村上。 「お前、なに取ってんだよ!それ……」 自転車にくくりつけているボディバッグからナイフを取り出してレモンを慣れた手つきで半分に切る。 「ああ、レモン?大丈夫だよ。だってここの木は僕が育ててるから」 「は、はあ?!」 「僕、この島の住人なの。で、農家さんね」 ほら、とスライスされたレモンを一切れ手渡された。レモンなんて普段、そのまま食べるもんじゃないだろ!居酒屋でたまーに口にしてあまりの酸っぱさにジタバタするくらいだ。 だけど目の前の村上は一切れ口にすると旨そうに、笑顔を見せた。その笑顔に、一瞬ドキっとする。あまりにも爽やかで……可愛く見えて。あー、やべぇ。また出てきたなこれ。俺ってほんっと……ダメだなあ……。 俺はヘルメットを取り、恐る恐るレモンを口に入れる。酸味が疲れた身体にキュゥと沁みる。だけど思ったより酸っぱさがキツくない。むしろ少し甘さを感じた。普通のレモンより甘い気がする。俺が驚いていると、村上は満足そうにまた笑う。 「甘さがあるでしょ?それがここのレモンの特徴だよ。国産レモンは秋から冬が収穫時期なんだ」 「へぇ、これならそのまま食えるな。それにしてもまさかお前が作ってるなんて思わなかった」 「僕、童顔だからさよく驚かれるんだけどねー。でも力は負けないよ!幹っち、僕より身長はあるのに、ほっそいでしょ。僕の方が腕太いんじゃない?」 ほらほら、と村上は腕を差し出してきた。恐る恐る触ってみるとなるほど、顔に似合わず筋肉質な腕をしている。 「最近、レモン鍋ってのも出てきたんだよ。食べたことある?」 俺が首を振ると、村上は嬉しそうに笑う。 「一度食べてみて!美味しいから!」 ……あ、やっぱりヤバい。やっぱり可愛く、見えてきた。
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