不死身

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不死身

「次の方、どうぞ」  女は診察室から呼びかけた。  健康診断にきた患者の医師診察。ここには、健康状態をチェックしたい人たちが訪れる。別に重症患者を診るわけじゃない。だから、心臓や肺の聴診や、腹部の触診で異常が見つかるケースなど、ほとんどない。  しかし女には、それを仕事にする理由があった。  多くの女性が羨むほど、女は恵まれた容姿を持っていた。診察室に入ってきた男性患者が一瞬、ニヤッとすることもある。女性患者の場合は、自身のたるんだボディラインを見られることに、難色を示すことも。  でも、女にとってそんなことはどうでもよかった。誰に何を思われようが構わなかった。どうしても果たしたい目的があるからだ。  何年続けてきただろう。長い間、待った。島崎という名の患者が聴打診のために、服の裾をまくり上げた瞬間、女は興奮を抑えながらも、言葉を漏らした。 「ついに見つけた」 「え?」  島崎は目を丸くしている。  その腹には大きなキズがあった。これは手術でついた(あと)じゃない。争いによってつけられたものだ。  女はやがて来るこの日のためにと、机の引き出しに忍ばせておいたナイフを取り出した。  そう。女がこの仕事を始めた理由。 「死んでもらう」  手にしたナイフを島崎の腹に突き刺す。島崎は呆気に取られ、凶器がめり込んだ自分の腹に視線を落とす。  女は容赦しなかった。ナイフを腹から抜き取ると、再び突き刺した。そして、腹の肉をえぐるように、何度も手首をひねった。  島崎の顔面が真っ青になる。 「ようやく父の(かたき)()てた」  女は父と二人で暮らしていた。母は彼女を出産した数年後、病に倒れ、帰らぬ人となってしまったからだ。  父と子の平穏な日々は、予告なく打ち砕かれる。ある夜、強盗が家に侵入した。まだ幼い彼女が眠る寝室の窓から侵入してきたため、それに気づいた彼女は悲鳴をあげた。強盗は(いきどお)り、彼女を殺そうとした。そこに父が飛び込んできた。  父と強盗はもみ合いながら、互いが手にしたナイフで相手を仕留めようとした。  強盗のナイフは父の首に。父のナイフは強盗の腹を切り裂いた。父のナイフは海外製の特殊なものだったので、その傷跡は独特なものだったに違いない。幼いながら、彼女はそう確信していた。それが島崎の腹にあったキズだ。 「ふふ。地獄に堕ちろ」  女は倒れ込む島崎に吐き捨てた。
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