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わたしが夜の世界に身を投じた理由は、いま考えてみると、なんだったろう。
ひとつの可能性は「普段のわたしとは、別のわたしになりたかったから」。
だから本名と違う源氏名を与えられて、違う年齢設定で、違う人格を演じる仕事を選んだ。いちいち客に本当のことなんて語る必要などない。適当に「学費を稼ぐためにやっている」とか、そういうことを言っておけば客も勝手に満足するし、同情を誘える。
本当の自分とは切り離された、別の誰かを演じることも、何故だかたのしい。
んー。間違っちゃいないけど、なんか違う。
もしくは「一瞬だけでも、誰かに自分だけを見てほしかったから」。
ああ十分あり得るな、と考えた。
もともと自分に自信なんかなかったし、恋愛ごとで長続きしたこともない。みんな他の女をつくって、わたしのことなんて商品を包むフィルムみたいに簡単に捨てていった。
だけどこの仕事をしていたら、気に入ってくれていつも指名してくれる客もいる。
そのたびに(こんな自分でも、誰かに必要とされてるんだな)って実感できる。
わたしは生まれてきてよかったんだって思える。
こんな自分でも、誰かに愛される権利があるんだと安心できる。
その瞬間だけ、相手の気持ちをわたしだけが独占することができる。
うん、悪くない。
誰かを説き伏せるのではなく、自分自身にだけ言い訳ができればいい。
それだけで、自分はバカみたいなことをやっている、と思わないで済むようになるから。
おままごとに使う小部屋で、消毒用石鹸のにおいに包まれながら、そんなことを考えていた。
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