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「どうしたんだよ、ぼーっとして。具合でも悪い?」
肩を叩いて声を掛けてきたのは同期のタクミだ。
職場でも腐れ縁というのはあるもので、入社以来ずーっと同じ部署で働いている。異動も一緒ってどういうことだろう。上の方の使い勝手がいいのかな、セットで動いてもらった方が。
理由をいくつか考えてみたけど、この謎は解けない。
でも、彼のおかげで安心して働けているのは否めない。気の置けない同僚がいつもそばにいるって有り難いことだ。へこんだ時にどれだけ支え合ったか。
もう一緒に働きだして十年近く経つんだっけ……。
下手な彼氏よりも長くいる気がする。でもお互いにカレカノにするには違うとわかっているからやれているんだと思う。
そうだ、タクミはモテる。何だかんだ言って彼女が途切れたことはほぼ無い。この優男に相談してみよう。前の彼氏の時も相談したし、別れた時は失恋ツアーという名の飲み会につき合ってくれたし。
「ねえ、今夜空いてる?飲みいこ?」
「今夜?」
タクミはスマホでスケジュールを確認した。どんだけ?今日の夜の予定とか確認するほど??まさか分刻みで予定入ってるの?
彼は目を伏せて画面を見て微笑みながら言った。
「……うん。大丈夫。どこ行く?いつもんとこ?」
「うん、タクミとならどこでもいいよ!」
タクミは顔を上げ、私を見て苦笑いしながら言った。
「リナ、そういうとこだって毎回言ってるのに……」
「は?何のこと?」
「いいや何でもないよ。いつもの店に予約入れとく。残業しないように仕事頑張ろうな」
「うん!だね!」
私は椅子を回して、パソコンの画面に目を向けた。部署の部屋の出口にタクミが歩いていく。スマホを耳に当てて、どこかに電話をしているようだった。
いつもの居酒屋に入った。オープンな席と個室があるんだけど、今回タクミは個室を予約していた。
「個室なんてしなくても良かったのに」
「リナから飲みに行きたいだなんて、おおかた何かの相談だろ?なら個室の方がいいじゃん」
私は掘りごたつ式になっている席からテーブルに身を乗り出してタクミに言った。
「……なんでわかったの?」
「……何年の付き合いだと思ってる?」
タクミも同じように身を乗り出して、いつもより低い声で言った。
「……確かにそうだね……」
私は声に怯んで身体を戻した。タクミは痩せてて細面のくせに時々低い声出すからびっくりする。
お酒が来た。
「かんぱーい!」
私はお酒が大好きだけど、タクミはお酒が弱くて、一口か二口でおしまい。だからタクミのお酒の残りは私がいつも飲むことになっている。
「で、早速訊くけど、何があった?飲み過ぎる前に話せよ?いっつも結局何の話だか分かんなくなるんだからさ」
「えーっ、ちょっと待ってよ、お酒に少し酔わないと言えないよ」
タクミは真顔になって頬杖をついた。
「ほーん、そっちの話か……ま、酔うまで待つよ」
スマホを取り出して何やら見始めた。どんどんスクロールしていく。
料理も順次やってきて、私はサラダやらお肉やらをパクパクつまんだ。
「ねえタクミ、それ、何やってるの?」
単純に疑問で尋ねてみた。別にタクミがスマホを見ても腹は立たない。用事もあるだろうし、私が相談したいと言って飲みに誘って、まだ話をしていないんだから。
「んー?これ?婚活」
「婚活ぅ~?」
私はビールの入ったジョッキを落としそうになった。
「そ。もう三十になったし、そろそろ考えないとさ」
「な、何で?彼女いるじゃん⁈ 何で探してんの??」
タクミの行動が理解できない。
「んー?だってさ、今の彼女は結婚に向かないもん」
確か今は、秘書課の美人さんとつき合っていたはずだ。上品な感じの。
「あんな美人をつかまえてそんなこと言うなんて!社内広しといえどもタクミぐらいだよ、そんな贅沢なこと言うの!」
「だって、結婚って一生ものじゃん?居心地が良くて、一緒にずっといたい人としたくない?」
スマホから目を上げて、上目遣いで彼は私を見ながら静かに言った。
「確かにそうだけども! でもさ、そういう人ってアプリで見つかるもんなの??」
タクミは私の質問がアホみたいだと思ったのか、フッと笑った。
「十人の中から選ぶのと、百人の中から選ぶの、どっちがぴったりの人に当たると思う?」
「……ひゃくにん……」
「だろ? だから範囲を広げて探してるってわけ」
「そっかー」
私は納得した振りをしていたけれど何となく納得がいかなかった。
だって今まで好きになった人って、そんな風に選んだ人じゃなかったから。
「……リナ、お前は?結婚したいって思わないの?」
スマホを見たままタクミは言った。
「全然、そんなの見当もつかないよ……」
「考えたこともない?」
顔を上げたタクミと目が合った。真顔のタクミは時々目に光が入らない時があって、職場でいつも笑顔の時とずいぶん雰囲気が違う。
「うん。情けないけどさ、私まだそういう面では年齢相応じゃないみたいだから……」
三年前彼氏と別れてから、つき合おうと言ってくれた人はいたけれど、好きになれなくて断った。その別れた彼氏だって、つき合っていたけど私の片思いみたいな感じだった。ずっと。
人を好きになりたいけれど、今さら少し怖いし、男の人って何を考えてるのかわからない時がある。現にこれだけつき合いの長いタクミだって、何でそんなことを言うのかわからない時があるのに。
私、いい歳なのにな。
「ねえ、タクミ、男の人ってどうして、好きでもない女の人にまた会おうとか平気で言うの?」
タクミの表情は、それを言ったことのある大人の男性の顔をしていた。戸惑いながらも彼は私の問いに答えた。
「……でも、全く会いたくない人に、そんなこと言わないよ」
「その人の素性も知らないのに?」
「そうだよ。言う相手と言わない相手は分けてるはずだ。マトモな男なら」
「マトモな男って、この世にどのくらいの割合でいるの?」
生理前だからかな。言いたいことを抑えられない。こんな八つ当たりみたいな質問を同僚のタクミにするなんて。
私バカみたい。
あんな年下の初対面の男の子に、やっすいスポンジ買ってもらって、また会いましょうって言われて、こんなに心がざわつくなんて。
「おい、リナ、今日は酒が回るの早すぎるだろ、水飲めよ?またお前担いで帰るの勘弁だぞ?」
タクミは笑顔で私におどけて言った。彼は店員さんを呼んで、お冷を二つ頼んだ。
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