スポンジボブのスポンジ

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それから二週間くらい経って、私は仕事帰りに雑貨店に寄った。 「こんばんはー!また面白いの入った?」 「おー!リナ、いらっしゃい。奥の方に並べてるから見ておいで」 「はーい」 昔よりも少し増床して広くなった店の奥へ進む。へんてこな雑貨、自主製作のCD、マイナーな出版社の本。私の好きな物ばっかりだ。 この本何の本だろ?よくわからない本を手に取って立ち読みしてみた。 「こんばんは」 背中の方から声がして、振り向くと、黒髪のウエーブした彼だった。 名前なんだっけ、ジュン。ジュン君だ。 「リナさん、また会いましたね」 彼の見た感じの年齢にしては色気がありすぎる。ホストか何かしてるのかな。ピアスもすごいし。どうして話しかけてくるんだろう。 あ!お礼を言わないと。 「こんばんは。スポンジ食器洗いに使わせてもらってます。ありがとう」 そう言って私は頭を下げた。 「僕も使ってます。ちゃんと泡が立ってスポンジとして役立ってますよね」 可愛い笑顔で彼はそう言った。 「捨てるのが忍びなくなりそう」 「そうしたらまた僕がプレゼントしますよ」 また!まただ。そんなことをペロッと口に出すなんて、何を考えてるんだろう。 「あの、そういうことは、ちゃんとした友達とかに言ってね?」 「……友達になれませんか?」 真面目な顔でジュン君は訊いてくる。 「私、あなたよりもだいぶ年上よ?」 「そんなはずないです、いくつも違わない。僕は二十三です」 予想していたよりも彼は若かった。にじゅうさん⁈ もっと落ち着いて見えた。 私と八歳も違う。そして彼も私を年齢よりも若いと勘違いしている。童顔っていいねって言われるけど、いいことなんかないな。 「……あなたよりも、八歳も上だよ」 見上げて彼に言った後、視線を落とすと、彼が着ている黒い革ジャンのスタッズが目に入った。 「僕、二つ三つくらいしか違わないって思ってました。可愛いから」 どうしてこちらが恥ずかしくなるようなことを平気で言えるんだろう。今の男の子はみんなそうなの? 「……大人を揶揄うのは止めてね」 「揶揄ってないです。リナさん、友達になってください」 彼はスマホを取り出して、メッセージアプリのIDと電話番号を交換しようと言ってきた。 「今度、一緒に遊びに行ってください。連絡します」 「行けたらね。じゃ……」 連絡先を交換して、私は目についた本を持ってレジに向かった。 「エリックさん、これ買ってみる。中見てないけど」 「本のジャケ買いか。それもありだな」 レジの横に密かに並べられている、ちょっとヤバイハーブの袋を手に取った。 「これやったら、落ち着くかな……」 「おーい、リナそれは止めとけ。俺だって仕方なく置いてんだから」 オーナーがそんな風に言ってたしなめた。 「変なの。売るために置いてるんでしょ?」 私は男の人が、本当は怖い。 初体験の男の人は、全く知らない人たちだった。 学生時代、友達とクラブに遊びに行って、VIPルームに入れてもらえると聞いて浮かれて、部屋に充満した煙に巻かれて、たくさん吸わされて、気付けば裸だった。 そして、信じられないことに、私はその時、気持ちが良かった。 知らない男の人と、何人もの男の人としたのに。 クスリのせいだとわかっているけれど、そんな自分を私は嫌いになった。 私はそれからマトモな恋愛が出来なくなったと思う。 普通の恋人同士の関係がわからない。 だからつき合っていても片思いみたいな方がマシだった。必要以上に求められなかったから。 誰にも言っていない秘密。時々思い出して心が鉛の様に重たくなる。 手の中のパッケージを見て思う。 一人でこの煙に巻かれたら私はどうなるんだろう。死にたくなるかな。 でもそれでもいいかもしれない。 時々そういう気持ちになる。 投げやりな気持ちに。何とかお酒を飲んでやり過ごしてきたけど、でも。 いくつかのパッケージを嗅いでみて、あの時燃やされていたのと似た香りがするものをレジに置いた。 「ほんとに買うのか?やめとけよ、バッドトリップしたら最悪だぞ」 「するかどうかわかんないでしょ」 「いやマジで止めとけ」 横からスッと手が伸びて、パッケージを掴んだ。 「僕が買います。リナさん、一人でやると危ないから僕とやりましょう」 「おい、ジュン勘弁してくれ、こいつにしてやるなよ」 「大丈夫です。危なくないようにやります。リナさんに無理に吸わせたりしないんで」 オーナーは仕方なく、表向きはハーブと呼ばれるそれを会計して、ジュンに渡した。 「リナさん、行きましょう」 私は本を片手に下げて、ジュンに反対の手を引っ張られて、店を出た。 「ね、ジュン君、いいから。もういいから」 そう言って手を振り解こうとするけれど彼の力は強かった。 「リナさん、嫌な事ばっかりなんでしょう?僕もそうです」 繁華街の狭い路地で、ジュンは私に口づけた。 私は彼のことを何も知らない。彼も私のことを何も知らない。 けれど、私たちは路地裏にある入り口から建物の中に入り、ベッドのある部屋を一室借りた。 「どっちがいいですか?吸いながらするのと、そのままでするのと」 どうせ私は、気付けばこういう風に簡単に、男の人に抱かれるんだ。近づいてくる男の人はいつだって……。 「どっちでもいいよ」 「選んでください」 好きになるほどまだ彼を知らない。どうせ今夜きり。それなら何もかも忘れたい。 「火を、点けて」 彼はパッケージを開けて灰皿にそれを出した。ライターで点けた火が消えると煙が立ち上り始める。 「リナさん、友達になりたいなんて嘘です。初めて見た時から、あなたを好きになりました」 唇が重なってからのことはあまり覚えていない。 ただただ、彼は私の名を呼び、私はもっと欲しいと強請っていた気がする。 覚えていないのに、私は愛されていいのだ、と彼は身体と言葉で教えてくれていた。だって、目が覚めた時、罪悪感では無くて、幸せな気持ちで満たされていたから。
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