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私とタクミは、一緒に住み始めてからすぐに結婚した。
職場の人たちからは、やっぱりな、お前たちが結婚しなくて誰がするんだよって思ってたよ、とからかわれつつ祝福された。
私の左手の薬指に指輪がはめられているのを見て、オーナーがおめでとうと言ってくれた。
「ありがとうエリックさん」
「とうとうリナも奥さんか、もうアレはやるなよ?」
オーナーはちらりと怪しいハーブに目を向けた。
「うん。もうやらない」
あの煙の匂いに植え付けられた記憶を、すべて塗り替えてくれたのがジュンだった。気付けば、もう死にたい程に気持ちが落ち込むことも無くなっていた。
「ねえ、ジュンはもう来ないの?」
「ああ。去年の冬から見てないな」
やっぱりここにも来てないんだ。どこかに転勤にでもなったのかもしれないな。
タクミとの暮らしは幸せだ。
何が欲しくて何がいらないか、私とタクミはよく似ているしわかるから。
昼下がりの午後、新しいカラフルなラグに取り換えて、やっぱりいろんな色がある部屋が楽しいねと言いあって、一休みしてお茶の時間にしようということになった。
「あ、そういやコーヒー切らしてるな。ちょっとスーパー行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい。寒いからちゃんと着ていってね」
タクミが買い物に出たのを見届けて、マグカップを両手で握ってニュースショーをぼんやり眺めていると、海外のテロ組織に参加していたこの国の若者が殺害されたというニュースが流れてきた。
「……ジュン⁈」
画面には、私が連絡を待ち続けていた彼の顔が大写しにされた。
「ジュン、どうして!! 何でっ!」
私は悲鳴を上げた。
”――殺害されたオオサトジュンさんは対立していた組織同士の抗争に巻き込まれ……”
番組のご意見番たちが感想を述べている。
「どうして我が国から出て他国のテロ組織などに入ろうと思ったのでしょうか」
そんなの知らない。
どうして、あんな風に私を優しく愛してくれた人が、死ぬの⁈
どうして?!
”――これが防犯カメラが写した現場の映像になります”
倒れている人の中で、ジュンの手はすぐに判った。彼の手に入ったタトゥー。白黒で解像度が悪い映像の中で、手首にはあの日に私が渡したブレスレットがはめられていたのが見えた。
「あ……」
息が、できない。
ジュン。
嘘だって言って。
愛してる、大好きだというジュンに対して、私はそんな風に言葉を安売りするなと言った。
「どうして? 今日僕が帰りに事故に遭って死んだらもう言えなくなるんだよ?」
彼があんなに言葉を尽くした意味が分かった。
もう二度と言えなくなると知っていたからだ。
”――その事件が起きたのは、先月、一月二十七日で……”
堪えきれずに涙が溢れた。
「ジュンっ……!」
あの時私はどうして、私もあなたが今まで好きになった人の中で一番好きだと言わなかったのだろう。
どこの誰だか知らなくたって、彼は私をその時精一杯愛してくれていて、私も彼が好きだったのに。
二度と会えなくなった彼が亡くなったのは、私の誕生日だった。
多分私は、これをタクミには言わない。
ジュンが好きだったことも、彼が死んだことも。
あのVIPルームでの出来事と同じように。
「ただいまー!あれ、どうしたリナ、何があった⁈」
泣いている私を見て、心配したタクミが私を抱きしめる。
「何でもないの、酷い映像が出たからびっくりしちゃって……」
「そういう時はすぐ消せよ、な? リナのことだからそんなのも真面目に見たんだろ」
優しくタクミの手が私の髪や背中を擦る。
大丈夫。大丈夫だよ、と頭の上から響く穏やかな声にうなずいて、私は何も言わずに目を閉じた。
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