序「幽かに」

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序「幽かに」

「自分とよく似ているからこそ、そういう存在から多大な影響を受けるのはそう不自然でもないはずだよ」  そうだろうか。むしろ自分という在り方からひどくかけ離れた相手からこそ、大きく影響を受けるのだと、俺はそう思っていたのだけれど。  しかし、目の前に座っている、この超然とした青年の前では、そうなのかも知れないという不思議な感覚が。  聴いた者の思考を支配するような感覚で、揺らめいているのを感じて。  無意識に心臓を左手で押さえていた。 「わからないかい? そうだろうね。君は今まで自分という存在から大きく離れた人物としか触れ合っていなかったからだろうね」  知ったことを言う。  よほどそう言いたかったけれど、しかしこの男は本当に全てを知っているのだから、そんな反駁は意味を為さない。 「自分とよく似た存在を知れば、翻ってそれは自分自身の大部分をその目で捉えることになるんだ。鏡写しとはいかなくともね」  いや、鏡写しは左右逆かと自分の言葉に疑問を抱いている彼のことを半ば無視して、俺の手は自分のこめかみを押さえていた。  言っていることに真実は一定以上含まれているのだろうけれど、しかし俺には自分に似た奴と出会った経験がないのだから、それを実感することは今までなかった。  これからそういう経験をするのであれば、できれば平穏の内にあればいいだろう。  時折、外から響く威勢の良い声に、思考は中断を繰り返す。どこまで行ったところで、それは簡単に打ち消せるものでしかなく、俺にだってそれは普通にあるのだ。  だが、目の前に存在するその男は、それを軽々と超えていく異常性を突き詰めたような、煮詰めたようなおかしな男なのだ。 「僕には君のことはよく解らないけれど、それでも一般論ではない人生の指標くらいは提示できると思うんだよね」  俺と二つしか違わない奴にそんなことを言われても、としか思わなかった。  別に彼が何を言おうと自由だとは思う。彼のメンタリティの成り立ちを考えれば、そういう言動だって理解はできる。  なればだからこそ、一般論に落ち着くことがおかしいとは思うんだ。  わからないのなら、不用意に口にするのは危険なことくらい、誰だって知っている。 「疑っている顔だね」  別にそんなんじゃないよ、とそっぽを向いた。思考ルーティーンを解されなくとも、普通に読心術を使われては敵わない。仕方なく、俺は思考をフラットにしようと、頬杖をついたまま瞑目した。  不思議に、街の音が五月蝿くなかった。  騒音というほどの環境音がない中で、ただ響き渡る人の声はその場にしか存在しえない儚さと同じだった。 「ここが君の新しい場所だろう? 楽しもうよ、君だけの高校生活」  何もかもを楽しめない人間が、そこにだけ期待を滲ませる。  そんな声色だった。
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