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弐「ハイドライト」
目を覚まして椅子から立ち上がると、腰に「びきり」と痛みが走った。
「あ、で、で、で……」
やはり無理な姿勢で寝るもんじゃないというか、そもそも何を意識しているのか、考えるだけ馬鹿らしかった。
上半身を捻って腰を伸ばしていると、それに反応したのか、ベッドで眠っていた樹鳴がもそもそと身じろぎする。
近寄っていくと、虚ろな視線で俺を捉える。
「おはよう」
「ふな」
ふな? 寝起きは良くないようだった。しばらく待っていると、ゆっくりと起き上がる。数年間動いていなかったのだから、身体能力が落ちているのを考慮すれば、その動きの鈍さも解ろうものだ。
「おはようございます」
口調がふにゃふにゃだった。寝足りないのならもう少し寝ていてもいいけれど、しかしこれから学校へ行くのに当たって、置いていくのか連れて行くのかがよく判らない。
萌崎君に訊こうにも連絡先がわからない。
「ここに居ます。外はまだ、キツいです」
「そうか……昼飯はどうする?」
「うーん」
考え込んでしまった。一人で何かできるなら良いかとは思うけれど、そういえば冷蔵庫には碌なものを入れていないので、何ができるとも思えなかった。
「今からカップ麺でも買いに行こうかな」
「うどんが食べたいです」
即時にリクエスト出してくるのは何とも言い難い。別に拒絶する理由も無いけれど、好き嫌いとか訊いてなかったのは、あまりに無関心が過ぎる気がした。
本当は無関心なわけないし、それを悟られるのを避けているだけだけれども。
「まあ、しばらくは保たせられるようにしておくよ」
樹鳴は首を傾げた。
「緑さんは作らないんですか」
「う」
詰まった。今までそういうことを殆どしたことがないのが見透かされたように感じた。というかそんなの、俺の言動を見れば透けて見えるか。
「努力はするよ」
そうですか、と樹鳴は返した。どこか声に笑みが混じったような、緩んだ色をしている。
登校の準備を先に終えて、コンビニでも行こうかと思っていると、ポケットに入れていた携帯端末が通話着信を報せる。
誰だろうと画面を見れば、知らない番号だった。
出る気になれなかったけれど、だからといって相手を確かめないと着信拒否もできないのだった。
「はい、綱取です」
「はろー、萌崎だよ」
「…………………………………………」
「何で番号を知っているのか、と訊きたいだろう?」
「そりゃあ、まあ」
「君の母親に訊いただけだよ、積島家には知り合いがいるからね」
「そうなのか。まあ別にそこはどうでもいいんだけどさ」
「そうかい? じゃあ用件に移ろうか。緑君、今日は学校休みね」
「……………………二日目でいきなり休みなのか」
萌崎君は仕方ないさと笑う。俺は特にそんな覚悟をしていなかったのだから、同じものを求められても困ることしかない。
「樹鳴は?」
「連れてきてくれないと困るな。今回のは君たちに仕事を覚えてもらうためのオリエンテーションだからね」
それは解るけれど、と言おうとして。しかし特に反駁する理由も無いことに気付いて口をつぐむ。
「じゃ、事務室に集合ね」
それだけ言って通話を切られた。どういう案件なのかは説明する気が無いようだった。別にいいけど、俺は無闇に頼まれ事を抱えるような性格じゃないと思うんだけれど。
考えてても無駄か、と観念する。諦念でないだけマシだろうが。
「樹鳴、悪いけど」
「聴いてましたよ、仕方ありませんね」
流石の聴力だった。ならば説明は必要ないか。
とりあえず学校には行くので制服に着替えようと思っていたら、そういえば樹鳴の服ってどこにあるんだろうと思考が行き着く。病院にあったのだろうけれど、荷物そのものは俺の部屋には運んではいない。
考えていると、端末が通知音を鳴らす。
何だろうと見てみれば、萌崎君からメッセージが飛んできていた。
【樹鳴ちゃんの荷物を今日の夕方に着くように送ったから】
俺の思考を完全に読み切っている。「檻」の異能者はやはり格が違うなあと感心してしまう。
格が違うというか、核から違うというか。
考えてても仕方ないか。
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