弐「ハイドライト」

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「ネクロマンシーって知ってる?」  開口一番に萌崎君はそんな単語を繰り出した。校内の事務室の不自然に冷えた空気と点在する日光が薄暗く照らす室内に、僅かに震動して俺を射抜いた言葉に、どう反応していいか迷ってしまう。 「ネクロマンシーねえ……日本語なら死霊使役術って言ってた奴もいたけど。直接相対したことはないよ、知識はあるだけ」 「それならそれで充分だよ。緑君の除霊術は有効だと思うから」  一回目からバトる展開か?  そう言いかけた俺を制して、萌崎君はキーボードを叩き始めた。  数秒後、ポケットの端末が震えた。  わざわざ取り出すまでもなく、彼が送信したのは予想がつく。確認しないでいると、萌崎君は表情を見せず微笑したまま机に肘を立てる。 「君は割と察しがいいよね。そういう人は評価できるね」 「ま、そういう世界には触れてきてたからな」 「影守のリーダーってのも伊達じゃないよね」  その世界から離れたくてこの学校を進路に選んで、結果この様では自ら死にに行くようでいい面の皮って感じだった。そんなことを考えていたのは萌崎君には伝わらなかったらしく、機嫌がよさそうに首を回していた。 「最近、街中で動物の死体が見つかってるんだよ。この街の警察に泣きつかれてね、君のような術師に捜査してもらいたかったんだ」 「萌崎君には全部解っているんじゃないのか?」 「どうだろう。数日前から僕の能力が不安定でね、全てを理解しているとは到底言い難い状態だよ」 「それは」 「違うよ。アカシックレコードの限界なんてものじゃない、これは僕自身の問題だからね」  言おうとしていたことに先回りで反応されるのは、もう驚かないけれど。 「んー、じゃあ調査していればいいってことかな」  そうだね、と応じてきた。 「実際に手を出すのは調査を終えてからの方が良いだろうね。単騎でなんとかできるならそうしてもいいけど、この街には荒事でよく動けるプレイヤーはそういないから」  実戦経験という点で、俺の経験は飛び抜けている。彼が俺のことをどこまで調べているのかは解らないけれど、少なくとも過去のこと全てを詮索されようものなら、ここで背を向けるだけだが。  能力的に人間の枠を逸脱している存在は、得てして良識が吹っ飛んでいると知っているから。 「いい眼をしている」と、萌崎君は面白そうに笑った。「ここで簡単に信用されたなら、流石に頭の程度を疑ったからね」  今の俺達は単なるビジネスライクな関係だろう。出遭って二日で信用できるほど緩い生き方はしていない。 「とりあえず術師は街に居ると思うから、洗い出してきてくれ。偵察段階だから、あまり派手に暴れないようにね」 「解った」  椅子に座ったまま、くらくらと頭を揺らしている樹鳴の肩を叩いて、行こうと促して部屋を出る。レトロに作られた事務室と違って、病的なまでに白い校舎の内装はどうにも眼球に悪い。  そういえば、二日目にして授業をほっぽり出しているのは、どういう扱いになるのだろう。訊いておけばよかったかなと思いかけたけれど、今更だと打ち消した。  一階に降りて玄関に向かうと、遅刻してきた裕貴に鉢合わせた。何でだろうかと考えるのを制するように、「やあ」と声を掛けられていた。 「なんだ、いきなり遅刻か」 「あはは。色々あってね」  明るい口調で応じているけれど、しかしそこには意識は向かなかった。  それよりも、彼の纏う空気に腐臭が漂っているような感覚があった。普通の人間からそんな匂いがすること自体おかしいことで、それを探りきる前に向こうから探るような眼を向けられていた。 「その子は誰? 妹?」 「違うよ。ちょっとした事情があって、一緒に行動してる」  ふうん? と裕貴は訝しげだったけれど、すぐに「ま、いいか」と考えるのを止めたようだった。  視線を向けると、樹鳴はどこを見ているのか判らない目つきで、ぼんやりと裕貴を見上げていた。 「あれ、綱取は何をしているんだ? 今日はオリエンテーションだろう」 「悪いな、サボる」 「……………………」  黙られた。呆れたのか、それとも。 「かはは。面白いな、おまえ」 「そうか? こんなん普通だろ」 「普通じゃねえよ。何、そういう奴だったのか」  冗談、とおどけるように肩を竦めてみせる。 「頼まれ事があってさ。一応の優先事項だからな」 「そうかい。まあ頑張れ」そう言って裕貴は廊下に向かって歩いていった。俺の脇を通り抜ける時、微かに錆びた鉄の匂いが漂っていたような気がした。  視線は送らず。頭を揺らす小さな目眩に酔いそうになったときに、樹鳴が制服の袖を引っ張った。 「どうしました? 行きましょうよ」 「……ああ、そうだな」
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