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学校の近くの公園で頭に水を浴びながら、熱暴走しかけた思考を無理矢理に落ち着かせた。
タオルは持ってきていなかったので、空気に晒して乾くのを待つしかない。「そんなに難しいですか」そんな風に小首を傾げる樹鳴に、そういうことじゃないと返し。ベンチにゆったりと腰掛けた。
街の構造が複雑というのは勿論ある。そもそも地元の街が計画都市として作られ、条坊制を採用していたからこそ、迷うことがなかったけれど。それはつまり、それ以外の街の作りに弱いという欠点を併せ持っているものだ。
「携帯で地図は見られるから、別に迷いはしないけど。それよりも三釜市自体が一つの大きな霊地であることが、少し厄介だな」
「それは、いけないことなんですか?」
「悪いことじゃないんだけど、ね。こういう土地には必ず街そのものを守護する霊能者が存在する筈なんだ」
俺自身がそうだったように。
経験の感覚と、それ以上の不穏な空気自体が俺自身を異物として排除しようとしているような、張り詰めた濁りが俺の眼に映っていた。
「霊能者、って異能者と違うんですか?」
「ん? その辺りは小学校で習うはず……ああ、授業を受けていなかったのか。年齢的に」
樹鳴は小さく頷いた。
「異能と霊能ってのは根本が違うんだよな。異能は人間の身体の異常から出てくる異なる能力であるのに対して、霊能は精神の変異から発生する感情を歪ませる異常なんだよね」
異能のように適性によって扱えるものでもないし、呪術のように継承される異様な能力でもない。
「病んでいることと紙一重なんだよ、霊能者ってのは。そうは思わないか?」
「いや、知りませんけど」
当たり前のことを返されてしまった。
まあ、こんなこと言われたところで共感されてしまうと逆に立つ瀬がなくなるのだけれど。
「まあ、そんな感じ。霊能者はどこか壊れていると思ってくれればいいよ、簡単にはね」
「だからなんですかねえ」
樹鳴は誰に宛てるでもなく、小さく零した。その意味はよく判らなかったし、問う気にもならなかった。
持ってきていたタブレットで渡された情報を確かめながら、市街を回ってみたけれど、やはり昼日中では全く妖気めいたものは感じられない。萌崎君が「死徒」と呼称していた存在を感知するのは、どうにも難しいので夜を待つしかないのだろうと感づいていた。
「しと、ですか?」
「便宜的にそう呼んでるだけだよ。死霊使役術の術者に対してそれが操る対象があるだろう? 自由意志を持たない人形だけれど、術師の設定したプログラムに従って行動する。術師の死した徒(ともがら)」
樹鳴の表情には不可解が浮かんでいた。そんなに難しいことを言ったつもりはないんだけどな。
「死んだ人にこだわるなんて、ばかみたいですね」
「………………………………」
返答はできなかった。
「まあ、いろんな人がいますから。ぼくの意見を押しつける気はありませんが」
「そうだな」
年齢に比して大人びたことを言っているのは、どうしてだろうと思考の奥で引っ掛かるけれど、それを問い質すことはしない。個人の事情に不用意に踏み込むのは危険だと理解していたからだ。
画面のマップを指で滑らせながら、記されているピンの位置を確かめてきたけれど、正直得るものはなかった。
そもそもネクロマンサー自体が日本において少ない存在であれば、その個人も容易く特定できるはずだと思っていたのだけれど。萌崎渦錬の「最果ての書庫」という能力は元来そういうものだと思っていた。
「記録を手繰るのなら、でしょう」
「ん?」
呟きが聞こえていたのか、樹鳴はそんな風に言い出した。
「本を読むように情報を得るのなら、流動的なものは手に入りにくい、とかでしょうか。こんなのは屁理屈なんだろうけど、仮説にはなり得ませんか?」
「流動的な情報、ねえ。しかし霊能はどちらかというと先天的なものだから、固定情報のような気もするよ。流動的ってことだと、能力が一定しないってことだし」
「うーん。やっぱり違いますか」
考慮はすべきだろ。そう返して、立ち上がった。あまり根を詰めるのはよくないけれど、動かないでいるのも苦手だった。アクティヴであってもアグレッシヴでないという感じかな。
「あの、緑さん。ネクロマンサーって、どういう職業になるんですかね」
「……さあ。分類的にはシャーマンに近いから、大体は占術師とか向いてるんじゃないかな。有名なのはイタコとかその辺」
言ってみたものの、イタコの口寄せはどちらかというと占術よりカウンセリングに近いと聞いたことがあったので、喩えとして正しかったのかは気になる。
街の中心部にある広い公園を通り抜けていくけれど、この時間では殆ど人はいない。遊んでいる子供が噴水の周りで騒いでいるのを脇目に、入ってきた時とは逆の門を抜ける。
流石に都心とは比較にはならないけれど、都市の規模は充分に大きなもので、周囲には高い建造物が林立している。
空気は少し埃っぽいけれど、気にはならない。
「こっちかな」
足を向けた先、そこは日陰になっている小さな通りが蜘蛛の巣のように巡っている商店街地域だった。公園から然程離れていない場所でこんなごちゃついた場所に移ると、別の世界に迷い込んだような異世界感が脳を揺らした。
表も裏も似たような空気であれば、全てそういう雰囲気でパッケージされた閉鎖空間に似ている。
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