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渦錬は屋上の隅で眠ってしまったシオラを抱えて階段の前に戻ってきていた。いつまでも放置しておく訳にもいかないのは知っていたし、彼女がネフィリムとして緑の前に立つのを嫌っていたのであれば、無為にその姿をさらすことはないだろう。
「シオラちゃんはエクソシストに追い回されていると言うけれど、緑君が除霊師だからって、君を滅する訳がないと思うよ?」
穏やかに寝息を立てる彼女は、年端もいかない少女にしか見えない。そんな相手を緑が意味も無く攻撃するとは思えない。特に緑の過去を視るのなら。
「摘葉さんに聞いた限りじゃあ、彼は他人に対してひどく甘いからなあ。無用な同情をしないといいんだけど」
「しませんよ、緑さんは」
頭上から返答があった。
「樹鳴ちゃん? どうしてそう思うんだ」
「簡単ですよ。緑さんは全員に甘いわけじゃないんです。特定の誰かを必要以上に気にかけているだけで、外部から見ればさほど感情を向けては来ません」
「身内に甘いってことかい? そんなのは普通のことじゃないか」
「普通ですよ、緑さんは普通に甘くて普通に優しくて、だからこそ普通に誰かに嫌われる。学校で見ていた時に、裕貴さんは普通に緑さんに敵意をぶつけていましたよ。
それを緑さんが気付いていたかは知りませんけど、多分意図的に気にしない考え方を持っています。
自分を中心に考えると言うよりは、誰かを思考の軸に据える考え方でしょう。主役である必要がなく、自分は普通だとどこかで理解している。
だからあの人は普通に格好いいんですよ」
誰かのために必死になれるって、凄いことでしょ? と樹鳴は首を傾げる。そのどこか絶望的な笑顔に、渦錬はそうかもなあと返した。
「でも、それは違うと彼には意識させなくてはならないんだ。彼が普通だと思っていることがどれだけ異常でおかしなことなのか、許されない罪の奥でくすぶっている異常性を引き出すことが僕の役目なんだ。
外種異能者は、程度の差はあれど必ず世界に影響をもたらす存在だから、それをコントロールできるようになってもらう必要がある」
「まあ、ぼくも緑さんは壊れているとは思いますけどー」
何かあったんですかね? と問うてくる樹鳴に、渦錬は何も答えない。そもそも過去の過ちを吹聴するのは単に緑自身を貶めるだけなのだから、そこを履き違えてはいけない。
「色々あるだろうさ、十六年も生きていれば」
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