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「飛んでいけっ!」
薙ぎ払った死徒が爆散したのを確かめる間もなく、その奥から腐臭を纏った腕が伸びてくる。それを躱して斜めに下がると、煙の奥から眼を爛々と光らせる裕貴の姿があった。
「よう、また遭ったな」
「は、遭いたくはなかったけどな」
なんとなく嗤ってみせる。俺が何故ここに居るのか、裕貴は問うてくることはない。そもそも俺が除霊師であることも知っていたようだったし、大瀧家の情報網には綱取家は含まれているのだろうか。
「で、己を止めるか? 緑」
「当然。街全体を消し飛ばそうってんなら、止めない理由がないだろ。
てーか、お前は何がしたいんだ? こんな大仰な結界を作って、魔力と霊力を取り込んで。そんなことで人間を蘇らせられるつもりか?」
「蘇生術なんか初めから考えちゃいないさ。反魂法は世界律で禁じられている。死んだ人間を完全な状態で戻すことは不可能だと設定されているからな」
「設定?」
耳元でごうごうと空気がうねる。周囲の戦闘が夜気を撹拌しているのに、つられて頭が揺れる。
「そう。世界のそのものが規定したルールには、いくつかの禁止項目があることくらいは、少し魔術に通じたものなら誰でも知っているさ」
「なら、お前は何をしているんだ。蘇生できないのなら、この魔術は」
「決まっているだろう」そういうと裕貴はポケットから小さなガラス瓶を取り出した。何かの薬品かと身構えるが、そこに在るのは俺が持っているのと同じ星の砂だった。
「この魔術式は細胞錬成。人為的に人間の細胞を造り出すための術式だ」
何を言っているのか、よく解らなかった。
「……細胞を造る? 人為的に?」
「所謂『抜け道』ってものさ。錬金術の応用でな、遺伝子情報を書き込んだ魔術円を用意すれば誰でもできる。理論上はな」
ただ、その錬成に必要な霊力と魔力は膨大だという。
「真祖を再生させたのはその下準備だ。星の砂の効力を確認するためのな」
そういえば、切り落とされた真祖の腕は星の砂に変化していた。あれは細胞そのものをコピーしていた、というのか。
「星の砂は遺伝子情報に干渉するんだ。正確には触れた部分の細胞と反応して高速で増殖する。昔からこれが傷の治療に使われていたのはそういう理由からだ」
しかし俺は星の砂のことは一度も聞いたことがない。こうも普及しているのなら、今までどこかで触れていてもおかしくはないのに。
「もう解るだろう。これは己が再びこの世界に舞い戻るための術式だ。三釜市クラスの霊地なら、霊力も魔力も充分な量が眠っている。実験を行うなら最適なのさ」
……どうしてか、俺にはその行為を糾弾する気が起こらなかった。それは―――
「だから、惹かれるんじゃないって」
「あいた」
いつの間にか背後にいた萌崎君に後頭部をはたかれた。やはり異能者なのでなかなか痛い。
「久場垣君、それを認めるわけにはいかないよ。それは多数の人間を素材(マテリアル)にする危険な行為だ。法で裁けなくとも世界のルールには引っ掛かるだろう」
裕貴は嗤う。表情こそ面白そうだったが、続く声はどん底に醒めている。
「引っかかりなどしないさ。これは創造だ、既存の人間を蘇らせるものではない。存在しないものを生み出すことを誰が裁くんだ?」
「ああ、その行為自体は裁かれるものじゃないさ。だが、君がその先に見据える行為は―――」
やはり、と俺はその予測を確信する。抜け道、といった理由。蘇生を目的としない人体の生成。
けれど、裕貴の考えることはやはり自分自身の蘇生なんだ。遠回りをしてまで禁止された行為に手を出して。ならば、
「そうまでして生き返って、お前は何をしたいんだ」
「決まっている。自分の手で、かつての家を壊した奴に復讐するのさ」
それを聞いた萌崎君が大仰に溜息を吐いた。
「全く、大瀧家の連中は考えることが似すぎているな。あの人も全く同じことを言ってたよ」
「あの人って?」
「久場垣君の一番上の兄貴だよ。緑君が請負人を続けるなら、いつか行き逢うこともあるだろうが、まあ今は考えることはやめておこう」
隠している気で隠せていないってのもよく似ているな、と心底面倒そうだった。しかし、そこに嫌悪は見えない。
「しかしアプローチが正反対すぎて互いに在り方を容認できないだろうな、この二人は」
そうだろう? と肩を竦める。
「君はこんな大がかりな仕掛けを使って「大瀧理満」に戻ろうとしている。だけどあの人は「大瀧市郎」という在り方には拘ってはいないんだ。その許容の仕方が違いすぎる。似ているくせに似ていないってのは、なかなかに面白いがね」
「…………はっ」
裕貴の体内から溢れる邪気が膨れ上がる。いや、今になって溢れ出してきたような異様な感覚だった。
周囲にいた全員が一気に距離を取る。俺の手の錫杖を震わせて、辺りの邪気を弾いているが、黒い靄のような気配が周囲を隠していく。
「緑君!」
「解ってる、剥霊式・輪羽!」
白く光る霊力の旋風が邪気を払い飛ばす。しかし次々に溢れ出しては先に俺の霊力が尽きてしまう。先に打って出ない限りはジリ貧だ。
邪気を放つような相手を人間と認めるわけにはいかないでしょ。
耳の奥で懐かしい声がした。でも、それが誰の声だったか、思い出せない。それでも、俺が初めて人と戦った時に言われたことだと知っていた。
「俺は除霊師だ。その邪気は全て俺が祓ってやるよ」
錫杖で裕貴を指すと、死体の彼はグロテスクに嗤う。
「やってみろ、できるならな」
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