伍「食い千切りロマニスト」

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 一瞬だけ息を詰め、錫杖を袈裟に薙ぐ。それだけで視界を覆っていた靄は晴れて、相手の姿を捉える。その瞬間に相手が同じように駆け出し、腐りかけた右腕を振りかぶっていた。  俺はそれを杖で受ける。衝撃に視界が揺れるけれど、そこまでのものではなかった。空いている胴を右脚で蹴り上げ、浮いた身体に上段から杖を叩きつけて打ち落とす。  そこから一歩下がって右手で霊符を取り出した。 「霊弾・通常弾」  複数の弾を乱射した。相手はそれを見て右にスライドして躱す。そのまま俺を中心に円を描くように移動するが、動き自体は然程迅くはなく、目で追いきれる。ただ、相手は時間を稼ぐことを目的にしているので、それを眺めているわけにはいかない。  錫杖のヘッドを入れ替える。ものによっては単なる杖や槍になってしまうが、もともと俺も母親もそういう武器としてしか使っていないので全く問題ない。  取り付けた蒼く光る刃に霊力を流し込む。それを見た裕貴は大きくバックステップして距離を詰めさせまいとしているが、意味は無い。 「蒼陽閃(フラッシングブルー)!」  手に持ったまま霊力を真っ直ぐに撃ち出す。中距離ならこの攻撃が効果的だが、しかしそれも躱されていた。 「端雲、南雲に、かかずらい。針の灯りと、蒼空に利く、あはれの粋」  唱えて杖を地面に突き立てる。  コンクリートの地面から青色の閃光が噴き上がり、裕貴の身体を呑み込む。  しかしこれには物理的な攻撃力は無く、邪気を剥がす程度の意味しか無い。戦闘より除霊術そのものだ。 「そこだっ」  動きの止まった裕貴の体躯に、銃が撃ち込まれた。いつの間にか萌崎君が右手に持っている無骨な拳銃が硝煙を上げている。  その音に意識を取られた瞬間に、俺は裕貴に肉薄する。呪装なしでは大した速度は出ないけれど、そんなことに霊力を使うくらいなら、少しでも攻撃に回した方が良いだろうという判断だった。 「イミテーション・空幻魔杖!」  一秒の間に放たれた十二の刺突を裕貴は全て躱してみせた。完全にではなく、直前でいなすような避け方だったが。 「はっ!」  裕貴が踏み込んでくる。震脚で足元を砕き、よろめいた俺の鳩尾に右の拳を叩き込む。全く躊躇の無い急所への攻撃だった。 「っつう!」  地面に倒れ込むと、裕貴が飛び掛かる。慌てて転がりながら躱していると、遠くから白い霊弾が飛んできた。  その方向には樹鳴が立っている。以前俺が使った狙撃銃の霊装を使って裕貴を撃ったようだった。  その間に立ち上がり杖を構える。攻撃力を高める呪符を貼っていても、当たらなければあまり意味が無い。このままやっていてもあまり効果的な攻撃はできそうになかった。  大きく距離を取って再び錫杖のヘッドを入れ替える。 「何をしようと意味ねえだろ、綱取」 「どうかな、こいつは少し違うぜ」  こおん、と杖を打ち付ける。その音で光り出す杖が大量の炎を噴き出した。 「神器・火尖槍。神に打ち勝てるか、裕貴」 「何だろうと己は負けないさ」  言うと同時に裕貴が地面を蹴る。地を這うように移動する彼の影が蛇行する。認識を揺らしてくる動きに惑うけれど、そんなことは俺には関係ない。  槍を下方に向ける。そこから勢いよく炎を噴き出し、それを推進力に空中に舞い上がった。 「うお、っとと。制御が難しいな」  バランスを取りながら上昇していく。その先には街全体を覆う赤い魔術円がある。  正直、裕貴との決着はつける必要のない勝負だ。本命の攻撃はこっちだった。  魔術円の中心に向かって右手を伸ばし、ありったけの霊力を籠めた。 「魔眼光盾!」  ばきいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいん。  俺一人の霊力ではビルの上空だけを覆うので精一杯だった。街を覆う大結界に対して対処できる人物は、一人だけ、存在する。  着地して、魔眼光盾の維持に精神のほとんどを奪われている状態で裕貴の相手をできるわけもなく、その場で蹲っていた。  その俺に真っ先に駆け寄ってきたその手を左手で取った。 「緑さん!」 「力を借りるよ、樹鳴」  そう、人の身でありながら土地神と同等の霊力量を持つ樹鳴の霊力を全て魔眼光盾に注ぎ込めば。  見上げた先にある魔眼光盾の光がぐんぐんと拡がっていく。見える範囲では地平線に近い範囲まで。裕貴の土地の力を利用した術式に人の霊力で対応することが驚異的ではあるものの、それを想定できなかった裕貴の負けだろう。  この術だけで持っていた星の砂も使い切ってしまった。後はもう、俺の出番は無いだろう。
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