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「くそ、こんな所で終われるか」
魔眼光盾を維持することで手一杯の緑と裕貴の間に渦錬が割り込む。
「もうやめておいた方が良いよ。ようやくここの警察も動き出した。君の情報は既に流しているし、これ以上の抵抗は無駄だろう?」
「いいや、まだだ。その霊力さえ剥がせば、己は」
「終わりだよ。もう」
会話に千夏が割り込んだ。
「大結界を破壊する術式はもう完成している。どう足掻いてもこれは作動しない。君の目論見は外れたんだ」
さらにつくしと育も加わった。
「というか、君の引き連れた死徒もあらかた片付いたよ。これから何をするにしても、完全に一から出直しだよね」
「そうだなあ。逃げ切ったところでできることもありゃしねえもんな」
逃げるのなら追いはしない、そう渦錬が言った時、裕貴は動かない。追い詰められているわけでもなく、自分の計画を失敗したところで、彼は幾らでも出直せる。
それに。
「僕は君のやることには反対していないんだよ。ただ、手段を間違えただけだ。人に迷惑をかけない、真っ当なやり方で同じことをするのなら、僕は止めはしない。それじゃあ、駄目なのか?」
「知るか。駄目だとかどうとか、己にはこのやり方しかないんだ。死人である己には、これ以上何かを得ることはできないんだ。だから、活きた身体が必要で―――」
哀しいな、と渦錬は内心で呟いた。
確かに死人である裕貴はこれ以上の成長というものが見込めない。成長するべき身体など持ち合わせていないからだ。
身体。
それは単に肉体という意味でなく、脳や、そこから派生する人格において言えることなのだ。
変化しえない存在は、やはり活きているとは言えないな―――と、そこまで考えて渦錬は向き直る。
「じゃあ、どうするんだ」
「………………………………」
黙ってしまった。思考ルーティーンが固定されている裕貴にこれ以上を求めるのは酷なのだろうか、と考えたところで。
「要は依代があればいいんだろ? 知り合いの人形遣いにでも渡りをつけてやろうか?」
緑が会話に割り込んできた。
「緑君、そんなアテがあるのか? 人形遣いって」
「まあなー。母親の知り合いの知り合いの知り合いだけど」
「ほぼ他人だね、それ」
「まあそうだな。昔、母親の伝手でうちに来たことがあるんだよ。ロンドンの魔術師だって言ってたけど、多分普通の人間と変わらない依代くらいは作れるんじゃないかな」
その言葉で渦錬は即座に検索を始めた。
魔術師、ロンドン、人形遣い。
(―――なるほど、時計塔の人形遣い。確かにこの人なら)
「悪くないな。その人とは連絡つくんだね?」
「母親経由だけどな。割と段階踏むことになるから、手順は面倒くさいぞ?」
警戒の色を見せる裕貴だが、しかしそれ以上の手段は思いつかないのか、項垂れてその場に座り込む。
「交渉成立かな? 全く、初めから僕らに相談してくれれば、こんな面倒事にはならなかったんだけどな」
大瀧家の人間のプライドなのだろうか、と思ってみたけれど、本当のところは誰にも解らない。
気付けば、街全体を紅く染め上げていた魔術円は跡形なく消え去り、追従するように重なっていた魔眼光盾の光もゆっくりと消え去っていた。
「んあーーーー」
体力と霊力を使い果たして完全に全てを出し切った緑は、その場に手足を投げ出して、息をついた。
「なあ、萌崎君。これってちゃんと報酬出るんだよな?」
「そうだね。問題そのものは解決したからね。心配するなよ、そういうところはきっちりしてるんだぜ、僕」
「ならいいや」
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