終「オールグリーンエクソシスト」

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終「オールグリーンエクソシスト」

「むにゃり……ふにゃり……」  土曜日。何故か萌崎君に呼び出されて事務室に出向くと、シオラが俺のデスクで眠りこけていた。  あの後でシオラが偽名を使っていた理由を教えてもらったけれど、正直杞憂に過ぎないと笑ったら、不貞寝をされてしまった。  別に彼女が異形だろうがネフィリムだろうが、俺は最初からマイカ=ネフィリムという人格しか見ていないことに気付いても良さそうなものだったが。  シオラもその辺りは気が気でなかったということなのだろう。  椅子の横に鞄を置いて、そのまま萌崎君が座っているデスクに向かう。ついてきた樹鳴はいつものように眠たげな目で俺の手を握っている。  今日は天気がよく、天窓から差し込む光が明るく室内を照らしていた。まさに春うららといった風情だ。 「やあ、待ってたよ」 「どうしたんだ? 依頼はしばらく回さないんじゃなかったか?」 「まあね。前回の件でちょっと反省してたから、色々考えてたんだ」  考え? 「ふふ。後処理の話は聞きたいかな?」 「そりゃあ、まあ」  というかどういう風に処理されたのかを教えないとなると問題になるだろうが。 「あの後行ったのは街全体の清掃作業だね。死徒とかアブジェの残骸が街中に散らばっていたからさ。星の砂によって動いていた真祖だけは回収できなかったけれど」  回収。死徒はともかく、人間にとって敵にしかなり得ないアブジェの生体組織を得られたことは大きいという。 「でも、萌崎君はアブジェが何なのかくらい知ってるんじゃないのか?」 「いや、知らないよ。知ろうとは思わないからね」  知りたくないことは知らないらしい。なんだかよく解らないな。 「なまじ全部知れると思うと、逆に知りたくなくなるんだよね」 「天邪鬼だなあ」 「でも、知らない他人の生活とか覗けてしまうのは厄介だとは思わない?」 「それはそうだな」 「やったことはないけどね」  そういって肩を竦める。やけに様になっていた。 「死徒の除去って、どういう職種の仕事なんだ?」 「特殊清掃員だね。死体の掃除は一般とは違うタイプだから」 「ふうん……」  息をついた時、試験管を投げて寄越された。右手で取ると、そこには少量の星の砂が封じられている。 「今回の案件で手に入った星の砂だよ。緑君が持っていたのは大結界を相殺する時に消費してしまったからね」 「星の砂は希少なのか?」 「どうだろう。星の核部分には7%くらい含まれてるけど」 「割と多いな」  そう言うと、そうでもないよ、と返ってくる。 「今回の事件で少なくない数の死人が出てる。僕達が処理した死徒は殆どが街の外から来たものらしいけれど、行方不明だったこの街の人も含まれている。まあ、これは仕方ないことだけれども」  行方不明扱いになってるから、表に情報として出ることはないと告げられた。その人達の遺族に対するケアも、後処理の一つだそうだ。 「まあ、何のスキルもない僕が出て行く訳じゃあないけどね。専門のカウンセラーとか、そういう人を派遣するんだ」 「色々やってるんだな」 「ジェネラリストだからね。幅広くできなければ「最果ての書庫」を活かせないからさ」  しかし、死人を出してしまったことが失敗だろう。本当なら、裕貴―――大瀧理満の本質をもっと早くに見抜けていれば、こんな事態にはならなかっただろうに。 「基本的に僕が情報を全部集めてしまえば、ことは簡単に終わるんだろうけれど。『檻』の規約でそれができないんだよね」  僕だってそういうやり方は嫌いだしさ、と困ったように笑った。 「どうして禁止されるんだ? 手っ取り早いなら、制限する理由もないだろうに」 「世界律から外れるからだよ」  世界律。それがどういうものなのかは聞いたことがなかった。なんとなく世界に設定されたルール的な意味合いなのだろうとは思うけれど。 「少なくとも、世界の内部で活動する以上は世界の外から人を操る行為は控えるべきだ―――と、Lは言っていたよ。あの人は僕とは違う形でこの世界を理解しているから、僕には見えないものが見えるんだろうね」  人間を将棋の駒みたいに操るのは人間のやることじゃないからさ、と続けた。  なんとなく、そういうことなのだろうと理解した。
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