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部屋に戻ってきたとて、特にやることもなく。
帰ってきてからずっと本の整理を二時間くらい続けていた。樹鳴はそんな俺の姿を無表情に眺めるばかりで、一言も発しようとはしない。
心中は解らないでもないけど。
多分、遠慮と警戒だろう。別に初日から楽しく喋れるとは思っちゃいないし、俺にもそんな気がない以上、何かをしようとは思わないのだった。
家から持ってきた呪法の資料を詰め込んでいく。カラーボックスは家から直接持ってきたものだけれど、家では書棚ではなくディスプレイとして置いていたものだったけれど、置いていたものは全部を妹(のような存在)に譲ってしまったので、使い道がなかったのだった。
ことん、と音を立てる。
同時に、しゃりん、と音が鳴った。
その方向に目を向ければ、樹鳴が俺の錫杖を手に取って不思議そうな表情で探っていた。
「興味あるのか?」
「ええ、まあ。これって何ですか? 杖、ですかね」
「錫杖って言うんだ。見たことないかな、坊さんとかがよく持ち歩いてるんだけど」
「見たことあっても、見えませんから」
「…………………………」
そうだったか。視力の悪さは生まれつきのようだった。
「眼鏡とか掛けても、全然見えないんですよね。病院で診てもらったら、ピントを合わせる機能が働いていないそうです」
そんな症状は聞いたことがないけれど、全く有り得ないような荒唐無稽なものでない以上、それを否定する材料はないだろうが。
眼が使い物にならないからこそ、聴力が発達したとも取れる。しかし「集音」という異能が発現したのは、完全に計算外の要因だとは容易に想像できるけれど。
「で、錫杖って緑さんの武器ですか?」
「武器というか、呪具って感じかな。霊能力は基本的には人間じゃない者を相手取る性質があるから、異能とは少し違う」
ふうん? と何を思ったのかよく解らない反応をされた。
「……人とは、戦わないんですか」
「事情があれば、ね。別に経験がないわけじゃないけど。俺には人は殺せない」
事実、俺にはそんな経験などありはしない。
「そうですか」
樹鳴は気が抜けたような声を漏らす。隣に座り、虚ろながらもさらにぼやけた視線が緩く俺を捉える。
「すみません。ぼく、もう眠くて」
くらくらと首を揺らして、限界を訴える。
「そうか。もう休んでいいよ、俺はもう少し起きてるけど」
「……ん」
覚束ない動きで布団に潜っていくのを見てから、持ってきた本を整理を再開した。
…………俺、どこで寝ればいいんだろう?
そんな疑問を強引に薙ぎ払って、荷物の整理を切り上げる。先週の土曜日に買ってきた高校の教材を確かめなければならなかったからだし、それ以前に、明日提出の課題の仕上げを後回しにしていたのを思い出していた。
現在時刻は午後七時四十分。別に終わらせるのに苦はないけれど、それもいつまで続けられるのかは不透明だった。
よし、と立ち上がりデスクに向かう。
引っ越した当日に組み上げていたデスクで筆記用具を引っ張り出して、冊子を開く。
別に学校での学習が好きというわけではないけれど、少なくとも選択肢は多い方が良いだろうと考える辺りは、思い切った選択のできない人格だなあと呆れ混じりに笑ってしまう。
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