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5 仕切り直し
「式見栄治は、トラウマを悪用する犯罪グループのトップ。彼のグループは、拉致した人間にトラウマを発症させ、使いすてることで足がつかないようにするという手法をとっている。今、一番大きくて、一番非道だと言われているグループだ。トップの式見は監視カメラに映ったことがあるから、顔は知られている。だからすぐ捕まると言われていたんだが、これがなかなか上手くいかない。まあ、ワープが出来るトラウマを持っているからなんだろうね」
先日の事件の後、島田は正護達にそう告げた。式見は、正護たちが真達を助けたときに会った男であり、学校での事件の元凶である。そんな男が犯罪グループのトップと聞いても、勇気は驚かなかった。だがそれを、正護は話半分で聞いていた。学校での事件以後、正護の胸の中にはずくりずくりと罪悪感がのしかかっているからだ。お前のせいだと叫ぶ男の声が、顔が、頭から離れない。
正護は真を助けたことを後悔なんてしていない。でも、それがきっかけとして学校での事件を生んでしまったと思っている。だから正護の心は晴れなかった、数日たった今日でさえ。
放課後、正護は靴箱から自分のスニーカーを取り出した。ゆったりとした動作で正護は使いこんでいる自分のスニーカーを履く。頭の中では、炎を操っていた男の怒声が延々と繰り返されていた。ぼうっとした頭のまま歩き出そうとすると、ぐい、と腕を引っ張られた。
「正君、一緒に寄り道しよ」
正護が振り向くとそこには、幼馴染の美佳の姿があった。
「うーん、潮風が気持ちいいねえ」
正護は美佳に連れられ、気がつけば海に来ていた。昔から美佳は海が好きで、何かあっても何もなくとも、気が向けば正護を連れて海へ来ていた。
もう秋のせいか、人は自分たちしかおらず、風はすこし冷たい。だが美佳にとっては関係がないようで、久しぶりの海に少しはしゃいでいた。正護はそんな美佳を見てほほえましい気持ちになった。…すぐにあの男の声に埋め尽くされてしまったのだけれど。
美佳はあらかた海を堪能したのか、正護の方をふりむいた。
「正君さあ、あたしに隠し事してるでしょ?」
美佳は不敵に笑った。問いかけのように言っているものの、彼女はもう確信しているのだと正護には分かった。でも、正護は何を告げれば迷ってしまい、口をつぐんだ。
「別にね、いいのよ。あたしに隠し事したって。でも、正君がずっと思いつめたような顔してるからさ。力になりたいなって、思う」
美佳のさらさらとした髪が風に揺れる。空は橙色に染まってきた。
「美佳…」
「だから、困ってることがあるなら話してよ」
美佳のまっすぐな眼差しが正護を射貫く。彼女の目には昔から敵わなかった。
「始まりは、多分、ショッピングモールに行った日だ」
正護はポツリポツリと話し始める。美佳を護れなかったことに傷ついたこと。トラウマを発症し、ブレイブにスカウトされたこと。子供を助けたこと。そしたら、式見という男に会ったこと。そのせいで他人を傷つけてしまったこと。
正護が話終えると、美佳はうんうんとうなってからゆっくりと口を開いた。
「それで、正君はどうするの?」
「え?」
「正君はこれから、どうするの?」
「これから、どうするのか…」
言い淀んだ正護に美佳が更にたたみかける。
「自分は悪くないって言い張る?傷つけちゃった男の人に謝りに行く?それとも、全部なかったことにして逃げちゃう?」
これからどうすべきか、なんて正護は考えていなかった。美佳に言われてやっと脳が回り始めた。正護の中で確かなことは1つ。式見栄治は間違っている。
「オレは、逃げないよ。オレは、式見を止める。あいつのことなんて何にも分からないけど、簡単に人を傷付けるなんて間違ってる」
正護の決意を聞いて、美佳はにっこりと笑った。
「よしよし、その調子だよ正君。ここで、あたしから重大発表がありまーす!」
「重大発表?」
「実はですねぇ。あたしもブレイブの訓練生になっちゃいました。イエーイ!」
「ええ、どういうことだよ美佳」
正護が美佳にブレイブのことを話したのは今が初めてである。にもかかわらず、「訓練生になった」という美佳の発言に動揺が隠せない。思わず正護は美佳の肩をつかんだ。
「あたしすっごく頑張ったんだよ。この前正君と一緒にいた香山君探し出してさー。めちゃくちゃ警戒されたけど、正君とどこで知り合ったのって聞きだして。それでブレイブの訓練生やってるって聞いたの。あたしも訓練生やるって言ったら、島田さんの連絡先教えてくれたから連絡して、okもらっちゃった」
てへ、なんていっている幼馴染を遠い目で見つめる。島田はともかく、見ず知らずの人から正護との関係を聞かれた勇気は戸惑っただろう。そして、戸惑う勇気にもなりふり構わず聞き出そうとする美佳の様子が目に浮かぶ。香山、なんかごめんな、と正護は心の中で謝っていた。
「だから、その式見っていう人捕まえるのあたしも手伝うよ!」
「怖くないのか?お前も事件に巻き込まれるかもしれないぞ」
「大丈夫!正君がいるから。それに、正君の敵はあたしの敵、でしょ」
自信満々に言い切る美佳を正護はまぶしそうに見つめた。
「美佳はほんと、かっこいいよなぁ」
正護は小さな声でつぶやいた。昔から自分を助けてくれた美佳。その強さ故に誰かを助けられる美佳。正護があこがれた少女は、今も変わっていない。
「何か言った?」
「ああ、頼りにしてるよ」
「まっかせて!…は…は…はくちゅん!…ごめん正君、寒くなっちゃった。そろそろ帰ろ?」
「そうだな。帰ろうか。ありがとうな、美佳」
「…どういたしまして!」
そうして、二人は並んで帰っていく。その正護の顔は晴れやかなものになっていた。
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