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あれから僕は毎日のように緑さんに会いに『Cafe 幸せな時間』へ通った。
猫たちもそれぞれ担当が決まっているかのように訪れたお客の膝の上に乗って過ごしていた。そして僕の膝の上に乗るのは決まって黒豆だった。
ここ数週間通い続けて気づいた事があった。
時折黒豆は他の猫たちに指示を出しているようにも見えるのだ。
黒豆がこの集団のボスという事なのだろうか。
猫って群れをなす生き物だったっけ?
不思議には思うが、黒豆だしと何の根拠もなく納得してしまった。
黒豆は僕の顔を見て「なぁ~ん」と鳴いた。
ここにいる猫は全部で四匹。
『黒豆』『大福』『蜜柑』『伯爵』、緑さんのネーミングセンスは独特だ。
それなのにその猫にぴったりだと思ってしまうのだから、もしかしたら緑さんは名前を付ける天才なのかもしれない。
僕は『Cafe 幸せな時間』で、本当に幸せな時間を過ごしていた。
時々香る優しい香りと個性あふれる猫たちと、緑さん。
特別な人たちと一緒にいると、ちっぽけな僕が少しだけ恰好いい存在になったような、そんな気になる。
ここ数週間通い続けて分かったのは猫たちの様子だけではなく、お客さんが少ない、という事だった。
僕が来ている時間に限った話なのかと思い緑さんに尋ねてみると、常にこんな感じなのだそうだ。
僕が不安気な顔をしていると、緑さんは笑って「ここは僕の趣味のようなものだから、もうけは気にしなくていいんだよ」と言った。
僕に心配させないようにそう言っただけかもしれないし、趣味というのが本当かもしれないけど、僕は今以上にここに通って売り上げに貢献しようと思った。
「穏くんに会えるのは嬉しいけど、絶対に無理はしないでね」
僕の心の声が聞こえたかのようにそう言って心配そうにする緑さん。
黒豆のしっぽがせわしなく動いていたが、全く気にならなかった。
僕は笑って「はい」と答えた。
――――僕は、この人が……この人の事が好きだ。
僕が16年間生きてきた中で初めて芽生えた気持ちだった。
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