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あれ以来僕は、『Cafe 幸せな時間』へは行かなくなっていた。
代わりに毎日のように緑さんが僕の家にお見舞いに来てくれたけど、会わなかった。
もう僕の事なんか忘れて欲しかった。
緑さんの事が好きだから、だから僕の事は早く忘れてあの人と幸せな時間を過ごして下さい。
これ以上あなたに会ってしまったら、僕は……。
胸の辺りをぎゅっと握った。
***
それから数日後、緑さんは来なくなった。
よかったと思う反面、完全に切れてしまった関係に心が痛む。
これでいいんだ。
今日は朝から気持ちがそわそわしていた。
こんな事は初めてで、理由は分からなかった。
悲しいはずなのに心が浮足立つ、そんな感じ。
学校へ行こうと家の門を出ると首根っこをいきなり掴まれた。
「おい。お前どういうつもり?」
「え?」
あの時のα女性だった。
怒りに顔が歪んでいる。
「何…が、ですか?」
「何がじゃないよっ。緑が…」
「え?緑さんがどうしたんですかっ!?緑さんに何かあったんですか!?」
俺は首根っこを掴まれたままα女性に掴みかかった。
「―――!緑を弄んだってわけじゃない、ようだね?」
「緑さんを弄ぶだなんてっ!僕は……っ!それより緑さんは無事なんですかっ???」
「ふむ…。―――ついてきな」
言われるがままα女性についていくと、そこは緑さんの家だった。
家に入ると『Cafe 幸せな時間』でいつも嗅いでいた優しい香りを凝縮したような香りが漂ってきた。
鼓動が早まる。
α女性は僕を緑さんの部屋に押し込み外からドアの鍵を閉めた。
「え?」
「私でもちょっときつい。あんたが何とかしてやって」
そう言い残し階段を降りる音がして、俺と緑さん以外の気配がなくなった。
部屋の中は優しいだけじゃなく甘い香りが充満していた。
全身に血が駆け巡るような、激しく込み上げてくる情動。
頭がぼーっとして中心には熱が集まっていく。
「はぁ…はぁ……こ、れ、…な、に……?」
「――ど、して?穏…く…。どして、ここ、に…?」
少したどたどしいしゃべりの緑さん。
よく見ると緑さんの衣服は乱れ、かろうじて大事な部分を隠してるだけの状態で、全身を朱に染め上げベッドの上ではぁはぁと荒い息をしていた。
これは…まるであの時のような…?
じゃあこの香りは……。
「発情…フェロモン……」
「ん…。僕…僕……穏く………す…き。んぁ…」
「え?」
Ωのフェロモンを感じる事ができないはずの僕が緑さんのフェロモンを感じている。
それに通常番ったΩのフェロモンは番のαにしか感じる事はできないはず。
じゃあ緑さんは誰とも番っていない?
「穏…く…。僕の…僕の……運命…。いとし…ぃひ…と……」
僕に伸ばされた緑さんの手。
『運命』
僕が一番求めていた物。
僕は欠陥だらけのαだから出会えないと思っていた。
こんな僕でもあなたの事を愛してもいいんですか?
愛する事を許してくれますか?
僕は緑さんの手を取り、その手の甲にそっと唇を寄せた。
「緑さん…好きです。愛しています。僕の…僕だけのお姫様」
そして、抱きしめて震える唇で緑さんにキスをした。
初めての口づけはとろけるように甘くて、もう死んでもいいと思えるほどに幸せだった。
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