醜い疵痕(きずあと)

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 「南無阿弥陀仏」「南無阿弥陀仏」  大きな声で念仏を唱えながら進む異形の集団。  聖(ひじり)と呼ばれる僧に続いて、男も女も老いも若きも歩を進める。僧形(そうぎょう)でない者たちも集団の後ろについて来ている。  心ならずも俺は、髪を剃って粗末な衣を着てこの集団にいる。刀は手放した。いや、本当のところは聖に捨てられた。獣や賊が襲って来た時の用心にと隠し持っていたところ、聖は痩せこけた僧とは思えない力で俺の刀をもぎ取り、川へと投げ捨てた。  この集団には道々で施しがある。僧でないのについて来ている連中はそれが目当てだ。かくいう俺も、いずれは追放された本国へ戻ることに望みをかけて、身を潜めるのに都合の良いこの集団に加わった。そんな事情を知るはずのない聖であったが、俺には雑用だけをするよう命じていた。  俺が彼らと旅を共にしてひと月が経った頃に事件が起きた。賊が集団の子どもたちを無理矢理連れ去ろうとしたのだ。聖と兄弟子たちは少し先を行っていた。俺は休み休み集団を後から追っていた時のことだった。  賊は二人。いつも一緒にいる姉弟の手をそれぞれがつかみ、抱えて逃げ去ろうとしている。聖の集団は、僧形ではない者たちがいつ、どのように加わり、去るかについてはまるで頓着していない。俺は無視することもできた。……が、気づけば賊の前に出ていた。  「おい、子どもは置いていけ」  「はあ、乞食坊主が俺たちとやろうっていうのか」  しかし、賊の一人が俺を見て顔色を変え、もう一人に耳打ちし、二人は何も言わずに子どもを置いて去った。  「おじちゃん、ありがとう。……あの人たちね、顔の刀疵はハフリの……だって言っていたよ」  そうだ。俺の顔には、かつてだまし討ちした相手に抵抗されて切られた深くて大きな疵がある。しかし、その疵で周囲が俺を認識し、恐れ、忌み嫌うこと――それは自分の強さの証であるという誇りがあった。  「おじちゃんのその疵は悪い人を何もしないで負かしたんだ」  姉弟は目を輝かせて俺の顔をまじまじと見つめた。――自分の顔の疵を初めて醜いと思った。  子どもたちを連れて集団に戻った俺はその晩、兄弟子たちと同じ厳しい戒律を授けて欲しいと聖に願い出た。
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