(仮)の関係

16/16
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
 二月末。卒業式前の最後の登校日に、予餞会が開かれた。在校生や先生方が、卒業生のために全力で出し物をしてくれる。出る側には無縁だったが、結構なクオリティで披露してくれるので、密かに楽しみにしていた。体育館には全校生徒が集まり、その時を今か今かと待っている。  志望校には無事合格し、今は入学に向けての準備を慌ただしく行っている。もちろん、彼女にも連絡し、その日は電話で一時間も喋っていた。彼女はひたすらおめでとうと言っていて、まるで自分の事のように喜んでいた。そしてその日から、毎日連絡を取り合い、一人暮らしの家が決まったら、彼女を呼ぶことを約束した。下心がないとは言えない。正直、彼女に触れたい気持ちは一層募っている。  大学は、家から通える範囲にある。僕が家を出れば、父さんと妹だけになるので、一人暮らしは迷っているところもあった。だが、母さんが戻ってくることになり、自立のためにも一人暮らしをしたほうがいいと、父さんが後押しした。僕がいなくなって母さんが戻るのは複雑な気持ちだが、偶然だと熱く弁明されたので、信じることにした。   「それでは、ただいまより予餞会を始めます!」  生徒会長が、はっきりとした声で開会宣言をすると、体育館はざわめき立つ。照明が落ち、ステージの幕が上がっていく。何かが始まる、この瞬間の感情は結構好きだ。 「一番目は、若手の先生方による、ダンスです!」  幕が上がり切り、そこには五人の影があった。全員流行りのアイドルの衣装を着て、ポーズを取っている。あちこちから、先生の名前を呼ぶ声が聞こえる。曲がかかり、少しぎこちなさの残るダンスが始まった。いつもは、遠くから眺めるくらいの気持ちで見ているが、今日は違う。 「柄じゃないのに頑張ってるなあ……。あとで写真送ってもらおうかな」  スピーカーから流れる曲の音に紛れて呟く。ステージには、青の衣装を着て踊る彼女がいた。体育会系でリーダー気質だが、人前に出るのは得意じゃないと言っていた。恥ずかしそうにしながらも、陸上で鍛えている運動神経の良さが出ている。  ステージと僕の距離は、五メートルくらいだろうか。お互いを認識できる距離ではあるが、触れることはできない。物理的にだけじゃなく、僕と彼女は、という、社会的な距離で隔てられている。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!