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パーティ会場に向かう前に、アイは一端、逆方向にある機関室を目指した。
他の船員が、この仕事を希望した理由。改めてそれが気になったのだ。ならばどうしてもある男の話を聞きたかった。
機関室の扉を開けば――ごうん、ごうぅん、と耳に響く震動音。先ほどまでいた冷凍睡眠室とうって変わって熱に包まれている。
移民船の中で一番重要視されるのは冷凍睡眠室だが、最も過酷なのはこの機関室だろう。熱は機械の大敵で、それはサイボーグでも例外ではない。
目当ての男は、その中央で煙草をくゆらせながら通路に腰を下ろし中空へと視線を彷徨わせている。機関士ツヴァイ。アジア系十代後半の青年。パーティ会場にはいないと聞いていたから、もしやと思ったのだが…いてくれてよかった。ここにいなければ、ただっ広い船内でたった一人を見つけられる自信はない。
「アイさんっすか」
向こうもこちらに気付いたらしい。目上に対するとはとても思えぬ、おざなりな口調と気のない仕草でこちらに手を振る。
「きみは、パーティ会場にはいかないの?」
「行きますよ、行かなきゃダメっしょ。まあ、最後にちょっと一人でセンチになってみたかっただけっす。大丈夫、パーティの最後には間に合わせますから」
態度こそ不作法だが、ツヴァイは移民船で最も忠実な船員だ。勤務時間は誰よりも長く、趣味をもたず、遊ばず。他の部所で人手が足りないとなれば真っ先に駆けつける。いっそ献身的である。…だが。
「きみが船員を希望したのは…殺したい相手がいたからかい?」
「突然どうしたんです? いやまあ、おっしゃる通りっすけど」
移民船の船員は、厳選に厳選を重ねてこの職務に長く忠実に勤められると判断された者が選ばれる。だがツヴァイは、二年ほど前に冷凍睡眠中の人間を一人殺している。おとがめはなかった。予め船長と指導者たちとの間で決めごとがあったらしい。
「まあ最後に身の上話をするってのも、おセンチついでにちょうどいいいか。
俺ねぇ、恋人がいたんすよ…地球で」
ツヴァイは煙草を地面に押し付けて火を消す。嗜好のないこの男が嗜好品である煙草を吸っているのを見るのは、初めてだった。
「で、殺されました。
――とある有力者のドラ息子がね。シェルターが狭くなるのが嫌だって理由だけで、隣町から逃げてきた人間全員おっ返したんすよ」
「……」
「その全員が簒奪者共に殺されました。俺が仕事で町を離れている間のことです。
もちろん、直接殺ったのは簒奪者っスけど…それでもね、この話を聞いた時俺は真っ先にそのドラ息子を殺してやろうと思いましたよ。
ただ、ねぇ。腐っても有力者の息子っすから、俺じゃ手が出せない。
そんなときに、この船の話を聞いた。人類みんな冷凍睡眠なら、誰にも邪魔されることはない。一億人の中からたった一人を探すのは百年かかったけど…見つけちまったら、あとは生命維持装置を切るだけで、あっさり殺せましたよ」
敵討ちのために船に乗り込んだ青年は、ただそのためだけに移民船の仕事に従事し、そして敵討ちを終えたあとは、こうやって無気力になりながらも役目を終えた体に献身を詰め込んで今日まで働き続けてきた。
きっと当時の指導者たちは、そんな彼の性格をみこして、ドラ息子とやらの犠牲と彼の献身と機関士の技術を天秤にかけたのだろう。
アイは、心から思う。
「きみの話を聞けて良かった」
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