画員の妻の告白(木槿国の物語)

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 大陸の東端にある木槿国。  この国の王宮の部署の一つである図画署~王宮の行事を描いたり、王族の人々の肖像画を描いたり、その他、王宮の絵画に関する仕事を担当する部署~に女性が官員として働いている。  官吏は全て男性がなることになっているこの国では、本来はあり得ないことなのだが――  私が図画署で働いている理由ですか?  夫の代わりですよ。  実家も婚家も中人階層すなわち士人層のように文官になって政治に携わることは出来ないけれど、農業や漁業その他職人等々の仕事に就いて生活している庶民でもない、そうした身分ですね。  では何を以って生計を維持しているのかといえば、医術や通訳、天文、吏員など技能で中央や地方の役所に出仕して俸給を得ているのですね。  士大夫の方々より身分は低いけれど経済的には豊かな中人層ってけっこういるのですよ。医術やその他技能で俸給以外の収入が得られますからね。こうした中で一番実入りがいいのは、訳官(通訳)になって外国に行くことですね。  朝廷では、定期的に隣国である曼珠国や扶桑国に使節を送るのだけど、その際、当然、訳官も同行します。そして現地の人々と親しくなっていろいろ便宜をはかって貰うのですね。何て言ったって言葉が分かるのは強いのですよね。 だから、中人階層は一族の中から訳官を出すようにしているわけです。  私の実家からも訳官を出しているわね。そのお陰で私も経済的には恵まれた生活を送れるのですよ。婚家も同じ。  夫の家は最近、急にお金持ちになったのよね。訳官になった親族が目端が利く人で相当稼いだらしいわ。  話が脇にそれてしまったわね。  婚家はさっき言ったように豊かなので、夫は別に宮仕えなどしなくてもいいのだけど、官職に就いていないと色々不便なことが多いみたいで、取り敢えず、夫にも出仕するよう回りが言うのだけど、この人、読書や詩文が好きで、どうも士人のような生活を送るのが望みらしいのです。だから、医術や外国の言葉等々の勉強をするのが嫌だから出仕しないと言って周りを困らせていたのですよ。  それが、私との婚約が決まった後、科挙の雑科を受けると言い始めたのです。  結婚式を終えて夫が私に最初に言った言葉が 「絵を描くのが好きなんだろう。俺の代わりに図画署の試験を受けろ」  新妻だった私は何が何だか分からぬまま、夫の言うなりに男装をして試験場に行きました。  午前中は筆記試験とかで夫が受験し、午後の実技は私が受けました。  課題は、風景と竹の二つだったけど、さほど難しくないので、さっさと描いて試験場を出ました。男性に囲まれた中にいるなんて、当時、若かった私はとても耐えられなかったから。  結果は何と状元(一位)で合格。おまけに筆記~詩文は、主上が文官の科挙受験者よりも出来が良かったとお褒めになられた程の出来栄えで夫は上機嫌だったわ。もちろん、私の絵もよかったけれど。  こうして私は夫の名前で図画署で働くことになってしまったわけです。  当初は何とか女であることを隠して仕事をしていたけれど、結局、ばれてしまったわね。でも、周囲はこのことをとやかく言わなかった。何しろ仕事がよく出来たもので。  王宮行事があると、その様子を素早く描き上げ、同僚の手伝いをするくらいだし。多忙な部署だから、こうした人間は手放せないでしょ(笑)。主上も御存知らしいけど、特に問題もないので黙認されているみたい。  俸禄は私が全て頂いているわ、当然でしょ。これに対し、夫は何も言わない。代わりに出仕してやっているのだし(苦笑)。  仕事自体は楽しいし、やりがいもある。もともと絵を描くのは大好きだし、また家事は得意じゃないので、その点はいいわ。家の中のことは下働きに全て任せているし。  夫は、望み通り、日々、読書と詩作に明け暮れているわ。最近は、士人層の友人と市場の店で昼酒を飲み交わしながら、詩文や書物についてしゃべっているみたい。  普通の中人女性とは異なる生活だけど、私はこれに満足している。このことは夫に内緒だけど。なまじ口に出したりすれば「俺のお蔭だ、感謝しろ」なんて恩着せがましくいうから(笑)。
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