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璃空は笑いながら「それも蓮の実家で言われたんじゃなかった?」と尋ねた。
「あー、そうだったわ。桐生家では、リビングに座ってたらご飯出てきただよ。でもさ、大野家に行ったら、ちょっと手伝ってくださる? って。魚を捌けって言われたけど、そんなことしたことないじゃん? あらあら叶衣さん、お魚も捌けないのねぇ……。って言われてさ。そもそも切り身買ってくりゃよくない?」
確かに! そう一緒に笑い飛ばしてやりたいところだが、なんせ声を出せない蓮と律は、ひたすら笑いを堪えて、目に貯まった涙を指で拭った。
「東京帰って一緒に実家暮らしになったら、その生活毎日だよ?」
「いやぁ、それが結婚かあって覚悟決めようかと思ってたよ」
「俺、掃除も好きだから掃除もしなくていいよ」
「……え?」
「洗濯は乾燥機までかければいいし、毎日やってれば畳む量も多くないし……てか、大学の時から一人暮らしだから、家事一通りできるし。そしたら叶衣、いるだけでいいじゃん」
「……え、最高かよ」
完全に心が揺らぎ始めていると悟った蓮と律。さすがにもう我慢はできないと、蓮は璃空の手首を掴んだ。
堂々とまだ別れてもいない親友の彼女を口説き始めたのだから当然である。しかし、璃空は涼しい顔で「好きな仕事も続けていいし、疲れたら辞めてもいいし。家事はしなくていいし、たまにうちの実家にも自分の実家にも行ってくれてもいいし。まあ、ただ年に1回の正月休みは別れた男とその浮気相手に会って挨拶をしてもらうと。事故物件はそこだけかな」と言った。
「いや、最初の条件最高なのに事故物件の事故の部分がヤバ過ぎるのよ」
「だって、式にも出るつもりだったんでしょ?」
「式はたった1回でしょうが!」
「身内となったらこっちの式にも呼ばない選択肢ないけど」
「そ、そこまで考えてなかった……」
「どう?」
「却下。長時間、話を聞いていただきありがとうございました。この度、正式に彼と別れさせていただく所存ですので、その後の結果は追って報告させていただきます」
「距離の置き方ハンパないね」
「では」
そう言って今度は叶衣の方から一方的に電話が切られた。
「あーあ、振られちゃった」
スマートフォンの画面を見つめながら、本気で肩を落とす璃空。蓮は、額に青筋をいくつも浮かべて「お前正気か! なにどさくさに紛れて叶衣のこと口説いてんだよ!?」と掴んでいた手首を乱暴に離し、左肩を右手でどんっと押した。
お気に入りブランドの黒いニットがぐしゃっと皺を作り、体が右に傾くが、全く表情を変えることもない璃空。
「え? だってもう別れるんだよね?」
親友からの言葉とは思えない一言に、蓮の憤りは増す。
「叶衣は俺の彼女だぞ!? 来月にはプロポーズしようと思って指輪も買ってあったのに、無神経過ぎるだろ!?」
声を張る蓮に、璃空はぷっと吹き出し、珍しくゲラゲラと笑い始めた。その様子に顔をしかめる。
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