プロローグ

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 ペットボトルを受けとりながら、七海は顔を伏せる。いくら一線を超えたのが自分発信だったとは言え、本当は聞きたくなかった蓮の言葉。親友の彼氏だとわかっていても、止められなかった。親友の彼氏になる前から、兄の友人として知り合いだった彼を3年間も片思いしてきたのだ。  例え体だけの関係だとしても、この一時をなかったことにはしたくない。あわよくば、彼女から私に乗り換えてしまえばいいのに。そんな淡い期待を胸に、七海は一口ミネラルウォーターを飲み込んだ。  蓮と叶衣は来月付き合って2年目を迎える。そろそろ結婚も考えているらしいと兄の璃空(りく)から聞いた七海。  半年前、叶衣が蓮と大喧嘩したと言って泣きながら電話してきた夜、七海は蓮と関係を持った。  自慢のEカップと、すらりと伸びた美脚でお誘いすれば、断る男はそういない。  兄と同じT大法学部を好成績で卒業したエリート弁護士。それから戦隊ものの主役を務めた俳優に似ていると女性人気も厚い蓮。そんな男でさえも、七海の魅力には勝てなかった。  七海は、何故蓮が平凡な叶衣を選んだのか理解できずにいた。優しく、明るく、仕事熱心な叶衣だが、七海の前では時折口が悪く、学歴も三流大学止まり。スタイルも人並みで美人ではあるが、七海に比べれば幾分も劣る。  蓮の隣に並ぶなら、私こそが相応しいと抱かれる度に思っていた。  土日休みの蓮と叶衣。休日のどちらかは一緒に過ごすのが習慣となっていたものの、ここ最近は決算月が迫っていて残業だらけだという叶衣。  久しぶりに1日休みが空いたとの連絡の後には、「忘年会今日だった!」と夕方になってからメッセージが届く始末。  たまには一緒に家でゴロゴロしようと提案した蓮だったが、叶衣のメッセージを読んですっかり気が落ちる。久しぶりに叶衣を抱こうと意気込んでいたところに、性欲の捌け口を失ったのだ。  数ヶ月前から関係を持った七海は、美人でスタイル抜群でありながら、性に対して寛容で蓮の欲を満たしてくれた。  体の相性もあり、よくないことだとわかっていても七海との関係を切れずにいた。  高層マンションのエントランスは、上品な光を灯し、蓮と七海を迎える。すっかり日を跨いでしまったことを詫びながら、蓮は七海を見送った。  蓮は閉まる自動ドアに背を向け、プロポーズまでには七海と別れなきゃなと思いつつ、浮かぶのは親友の顔。よりにもよって親友である璃空の妹に手を出したことは蓮と七海だけの秘密である。  最初は性欲を満たすだけの目的だと偽って近付いてきた七海が、最近どうやら恋愛感情を持っているのではないかと察し始めた蓮。  下手な別れ方をすれば、璃空にも叶衣にもバレて最悪な結果を招きかねないと八方塞がりな蓮は、大きなため息をついて部屋番号を押した。  その背中をじっと見ている叶衣の姿に気付かないまま。
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