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普段表情の乏しい男が笑うと、本当におかしくなってしまったのではないかとすら思う。
嫌な予感しかしない律は、どうにか巻き込まれない方法を探すが、既に遅し。なぜのこのことやってきてしまったのだろうかと後悔せずにはいられなかった。
璃空は一頻り笑うと、はーっと大きく息をつき、「俺、七海と同じことしようとしてるってことでしょ? でも、七海と寝たのは事実だし、共犯なんだから蓮が叶衣にしたことって、今俺がしようとしてることと同じじゃない?」と言った。
正論を言われ、蓮はぐっと押し黙る。叶衣の本音を知り、動揺している蓮は、必ずやってくる別れの連絡とその時の言い訳を考えることで精一杯である。そこに付け入ろうとしている親友に憤りを感じるものの、お前も同じだと言われれば反論のしようもない。
「自分がされて嫌なことは他人にしちゃだめだって子供でも知ってる。仮にも蓮、弁護士じゃん」
なにか言い返そうにも、頭の中の整理ができない。
何で口説いた? 叶衣のことが好きなのか? 叶衣をからかってるのか? 俺への当て付けか? 七海の尻拭いか?
聞きたいことは山ほどある。しかし、どれから聞くのが正しいのか、この中に正解はあるのか、今俺がすべきことはなんなのかと色んな言葉がぐるぐると巡る。
優雅な休日の昼時に似合うクラシックをかけたはずだが、いつの間にか止まっている。いつから止まっていたかとこの場にそぐわないどうでもいいことを考える。
そうこうしている内に、今度は蓮のスマートフォンが大きな音を立てた。軽快な音楽が聞こえた。それは、叶衣が璃空に電話をかけた時の呼び出し音と同じだった。
コミュニケーションアプリを使用した無料電話である。
その音を聞いて、3人は反射的に叶衣ではないかと思う。先ほど今日中に別れると言い切った叶衣。あまり自分の意見を変えることのない叶衣は、必ず蓮に別れを告げるはずだ。3人ともそう思っていた。
「でたら?」
冷め始めているコーヒーを2口飲んだ璃空が、蓮を見ずに言う。蓮が少量溢したコーヒーがカップの底を汚し、璃空がカップを置く度に黒い丸をテーブルに残した。
不恰好に重なりあう5つの丸を見ながら、璃空はそっとカップを置いた。
蓮は叶衣でなければいい。そう願いながら、チノパンの後ろポケットからスマートフォンを取り出した。手帳型のカバーを開き、画面を覗く。
表示した名前を見て更に愕然とする。相手は叶衣だった。
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