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「七海さん、お仕事のことで思うところがあるようだけれど、私達は七海さんのためを思って今の仕事をお願いしてるのよ。大きな仕事やお偉いさんをクライアントにもつと、今後長引いたりずっと関係性を維持していかなきゃいけなくなるでしょう?」
やんわりそう言うが、あなたには任せられない。そう言っているも同然だった。人手が足りず、テキパキと最小案件を片付けてくれる駒が欲しかった義母は、最適な人材を見つけたのだ。
自分は今まで通り刑事事件や権力者の案件を担当し、地味で効率の悪い民事事件は担当したくなかった。それを押し付けられていた弁護士達は次々に退職し、今でも人手不足は続いていた。
義母の名が世に知れたことで、クライアントの数は増える一方だが、反対にそれを請け負う弁護士が明らかに足りていないのだ。
身内にはそれなりの給料を出す変わりに、仕事量は何倍にも膨れ上がっていた。
「ですが、お義母様」
毅然とした態度で七海は姿勢よく食い下がる。以外と気の強い女だったのね、と義母は目を細めた。
「いいですか、七海さん。あなたは大野家の長男のお嫁さんなんですよ。これから子供もできるでしょう? そしたら子育てしながら刑事事件を追えるの? 議員さん達の案件に毎回立ち会えるの?」
「……それは」
「それとも、子供は作らない気でいるのかしら? 2人が決めたことならいいのよ。私達がとやかく言うことじゃないわ。この先子供も作らずずっとバリバリ働いてくれるのであれば、明日からでも別の仕事をお願いするわ。
でもね、蓮の後を継ぐ孫を期待して私達は蓮に事務所を譲る気でいるのよ。孫が出来ないなら、湊に事務所を譲ることも考えなきゃいけないわね」
ふうっと息をついて義母はとっとと夕食の支度を開始した。湊とは蓮の弟にあたる。次男である湊は、共に同じ事務所で勤務している。七海の1つ年上であり、柔らかい笑顔が印象の穏やかな性格である。蓮の溌剌とした雰囲気とは異なるが、誰にでも優しく温厚なところは蓮と似ていた。
まだ未婚の湊に結婚の兆しがあれば、事務所ごと湊のものとなる可能性もある。蓮と自分の名前を売るチャンスを逃すのだ。それは避けなければ、と七海はぐっと押し黙る。
「ね? 七海さん。私はね、できたら早く子供を授かって、蓮の後継者を産んでもらいたいと思ってるの。だって、蓮と七海さんの子なら優秀な子が生まれると思わない? きっとどこの子よりも容姿も頭脳も長けているわよ」
「そ、そうです……ね」
結局丸め込まれた七海。こんなにも自分の思い通りにならなかったのは、蓮と叶衣が付き合った時以来だ、と納得はできなかった。
毎日の仕事をこなせば、この不満はやはり募る。東京を発つ当日まで膨大な仕事をギリギリまでこなした七海は、不平不満を募らせ、蓮に当たり散らしていた。
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