尻拭い? いやいや、略奪です

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尻拭い? いやいや、略奪です

 璃空は、車を路肩に寄せてギアをPに入れた。艶のあるスポーティーな黒色セダンは、街中から外れた駿河区の住宅街では目立つ。  4つのリングが横並びに連なるエンブレムは、先ほどの璃空が作ったコーヒーカップの痕のようだ。  何度か叶衣を車に乗せたこともある。初めて車を見せたのは、初対面の時。待ち合わせの店の駐車場へ停め、車を降りれば蓮と叶衣がいた。 「S4! カッコいいー!」  璃空そっちのけで車に興味深々の叶衣。スポーツカーが好きだと言う叶衣は目を輝かせていた。  璃空に対して「イケメンですね!」と興奮する女性は多くいたが、車を見て「リアが男前だわ! やー、フロント最高、イケメン」と恍惚した表情を見せたのは叶衣だけである。 「車、好きなの?」 「はい! 私は国産車ですけどね。リコールも少ないし、安全性は保証されてるし。私もスポーツカーなんですよ」  そう言って歯を出して笑った叶衣。まさかあんなにガチのスポーツカーに乗っているとは思わなかったな。とその頃を思い出して璃空はふと口角が上がることもある。  その車が家の前に駐車してあるということは、おそらく叶衣は中にいるのだ。  璃空は、ズボンのポケットに入れっぱなしだったスマートフォンを取り出し、画面を確認する。叶衣からの連絡は来ていなかった。しかし、璃空のメッセージには既読の文字がついている。 『もう着いた』  それだけ打って送信した。直ぐに既読マークがつく。  右手をハンドルにかけ、スマートフォンを持った左手の肘を肘置きに置いて画面を見ていた。暫くそのままの体勢でいると、慌ただしく叶衣が出て来て助手席のドアが開けられた。  左腕にグレーのロングコートを掛けている。ポケットの色が変わっているデザインなのか、ちらっとえんじ色が見える。  さっと乗り込んだ叶衣。茶色のニットワンピースはタイトなスカートで、襟元は交互に合わせた作りになっておりV字から形の良い鎖骨が覗く。 「あんた、休みなら家にいると思ってんでしょ」  乗り込むなりそう言った叶衣。 「いたじゃん」 「いたけれども!」 「ドア閉めて、出すよ」  ギアを変えた璃空に叶衣は急いでドアを閉める。しかめっ面の叶衣は、しっかり化粧をしていた。くっきりとした二重をキラキラとベージュのラメが覆っている。 「どっか行く予定だったの?」 「別に」 「そのわりにお出かけ着じゃん」 「気分転換にとりあえず支度してみただけ」  ぶすっとした顔で進行方向を向く叶衣。璃空と出かけるために支度をしたわけではないと言いたいのだ。
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