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先ほど蓮と別れたばかりで、心穏やかでないことなど璃空も了承済みである。
「なら丁度よかったじゃん。晴れてるし、お出かけ日和。ランチ、何食べたい?」
「……食べたくない」
「食欲ないの?」
「そうじゃないけど、食べたいものない」
小さな台形のショルダーバッグを膝に乗せ、シートベルトをしながら叶衣は言う。コートはバッグの上で丸まっている。
「行きたい店とかないの?」
「ない」
「映え、とか」
「SNSやらない主義」
とことん今時女子っぽくないなぁと璃空は苦笑する。ただ、璃空は「可愛い~」「美味しそ~」と言いながら食事前に写真を撮る女が嫌いである。
「じゃあ、まあ……いいか」
納得したように璃空はこくんと頷き、そのまま車を走らせる。エンジンの音が心地よく響く。走行は滑らかで、スポーツカーでありながら、高性能で品質の良さを感じる。
「……蓮ちゃんと別れた」
不機嫌な自分に少し嫌気が差したのか、叶衣は静かにそう言った。
「そう。早かったね。俺と電話切ってからいくらも経ってないのに」
「あれからすぐかけたの。善は急げって言うし」
知ってる。璃空は心の中でそう呟きながら「ちょっとは話し合った?」と全く状況を知らないふうを装って会話を続けた。
「んーん。もう勝手に別れよって言って電話切っちゃった。蓮ちゃん、浮気してるってバレたことも気付いてないと思う」
顔を伏せる叶衣の姿を横目に、璃空はハンドルを握る手に力が入る。馬力のある4WDは本来の力を発揮できないまま法定速度内で走行する。
「察したかもよ」
「どうかな。好きな人いるって嘘ついちゃった」
「叶衣が悪者になったみたいじゃん」
「うん。でも、なんか蓮ちゃんから謝られるのも嫌だなって思った。あー、本当に浮気したんだって実感するのも嫌だし、友達に彼氏とられた可哀想な子も嫌なの。だから、柄にもなく見栄張っちゃった」
「見栄?」
「蓮ちゃんが私を捨てたんじゃなくて、私が捨てたんだからねって」
「あー……それ、伝わってるかな?」
璃空は顔をひきつらせる。叶衣にとっての見栄は、第三者の璃空から見ても見栄として捉えられなかった。
前者の浮気を認めたくなかった気持ちの方が強く感じたのだ。
「伝わってないのかな? まあ、いいや。……どうせ俺には七海がいるしって今頃思ってるんだよ」
既に開き直っている蓮を想像し、憤りよりもただ悲しくなった。
こんなにも好きだったのに。一緒にいられて幸せだったのに。蓮さえいれば、他の男性などどうでもよかったのに。でも、蓮は違った。
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