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じっと公園を見つめながら、勝手に未来予想図を思い描いていた叶衣。隣の璃空に「行くよ」と言われ、本当に目的地はここなのかと怪訝な顔をする。
ランチには行きたくないと言った叶衣を適当な店にでも連れてきたのだろうか。
人がたくさんいるところには行きたくないんだけどな……。日曜日の昼間なんてカップルも多いだろうし。
先ほど彼氏と別れたばかりの叶衣には、まだ他人の幸せを素直に応援できるほどの余裕はない。幸せそうなカップルをあちこちにみつければ、嫌な気持ちになるのは明白である。
食べたいものが見つからない。それは単なる言い訳に過ぎず、本音を言えば自分よりも幸せそうな人間の姿など見たくはなかった。
それでも家で塞ぎこんでいた自分を連れ出してくれたから、と叶衣は渋々車を降りた。太陽の光が真上から降り注ぎ、コートは要らなそうだ。
ただ、念のため左腕に掛けたまま持っていくことにした。
璃空の後ろを着いていく。カフェかな? レストランかな? 昼時に食べる食事を色々思い浮かべながら背中を追いかける。
大きな建物がどんっと目の前にあって、上を見上げれば首が痛いほど。
「え、なにここ」
「マンション」
「見りゃわかる」
そりゃわかるのだ。誰がどう見てもマンションである。蓮と七海を見かけた高級マンションによく似た造りのマンションである。
レストランには見えない。エントランスを覗く限り、1階にカフェがあるようにも見えない。
それ以上なにも言わない璃空は、スタスタと歩いて簡単に扉が開く中に入っていく。通り過ぎたエントランスの両開き自動扉の上には黒いカメラが付いている。
顔認証システム。それを悟った瞬間、ここがどこか叶衣にもわかる。
「まっ……ここ、まさかあんたの家?」
「うん。来るの初めてだっけ?」
「初めてだよ!」
「だろうね。俺、家に他人上げるの嫌いだし」
「じゃあなんで聞いたんだよ!」
噛みつく叶衣に涼しい顔をしている璃空。エレベーターを待ちながら「大丈夫、玄関でいきなり押し倒したりしないから」と言った。
「当たり前だぁ!」
目をひん剥いて大声を上げる。
「叶衣、静かに。他の人の迷惑になるでしょ」
なぜか叶衣の方が注意される始末。コイツにはなにを言っても無駄だと肩を落とす叶衣。
エレベーターがやってきて、璃空は中に乗る。しかし、叶衣は扉を境界線のようにしてその向こう側に踏み込めずにいた。
乗ったら終わり。そう言われているような気がした。
開ボタンを押しながら「乗りなよ」と平然と言う璃空。私の心境もわからないわけではないだろうにと叶衣は恨めしそうに璃空を見つめた。
「人がいるところ、嫌なんでしょ」
「……え?」
璃空が心境を察したのは、もっと奥にあるものだった。
なんでわかるの? 食べたいものないって言っただけなのに……。
「乗りなって」
更に口元だけ微笑んで璃空がそう言うものだから、叶衣は誘われるようにして一歩踏み出してしまった。
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