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璃空は、カウンターの向こう側で何かをザクザクと切りながら「うん。まあ、話の流れで」とだけ言った。
じっと叶衣の視線を感じる璃空。叶衣が気になるのは当然のこと。しかし、詳細など知る必要はない。内容がどうであれ、深く知れば今以上に傷付くはずだ。
璃空は玉ねぎをみじん切りにしながら、半年前のことを思い出していた。
急に璃空の元を訪ねてきた七海。時刻は23時を回ろうとしていた。翌日も仕事で、家に持ち帰ったパソコン業務を終わらせてシャワーを浴びたところだった。
連絡もなしに突然チャイムが鳴り、不機嫌な七海が訪ねてくれば、思うのは「めんどくさい」だけだ。
「なに、急に」
うんと嫌そうな顔で璃空は言う。まだスーツに髪を綺麗に束ねた姿の七海。どっかりとソファーに座り「水でいいからちょうだい」と言った。
声のトーンが低く、あからさまに不機嫌な様子が本当に可愛くないと璃空は思う。昔から内弁慶なところがあり、外面だけはいい。
いい人を装うのなんてお手のもので、弁護士よりも女優の方が向いているんじゃないかと璃空は思う。
「ムカつく! 彼氏と別れた」
ソファーに座ったまま地団駄を踏む七海。璃空はグラスに入れるのも面倒で500mlのペットボトルに入ったミネラルウォーターをそのままテーブルに置いた。
「だからなに。知らないよ、男の話なんて」
そんな話、今までしてこなかったじゃんと顔をしかめる璃空。時間もわきまえずにいきなり彼氏と別れたと言い出されてもただ帰ってくれと思う以外になんの感情も沸かない。
さっとペットボトルを手にとって、ゴクゴクと二口水を流し込んだ七海は続けた。
「浮気してた」
「あっそ」
「あっそって……」
「そういう男もいるでしょ。浮気する方が悪いけど、見極められなかった七海も悪いんじゃない」
この時は、本当に他人事のようにそう言った。まさか自分の妹が、友人の男に手を出すほど落ちぶれていたとは思いもしなかったのだ。
「なにそれ! 私が悪いって言うの!?」
「そこまで言ってないじゃん」
「なんであんな女なの!? 大して可愛くもない太った女だったんだよ! しかも年上! 私と付き合っていながら、あんなレベルの低い女と浮気するなんて頭おかしいでしょ!」
「まあ、人は見た目だけじゃないからね。なんかしらの魅力があったんじゃないの?」
「あるわけないでしょ!? 私がこのスタイル維持するのにどんだけジム通ってると思ってんの!? ミスT大で弁護士のこの私がよ!? 付き合ってあげただけでも感謝して欲しいくらいなのに、浮気なんて冗談じゃない!」
かっか、かっかしている様が鬱陶しい。本当、早く帰ってくんないかな。
璃空が思うのはそんなことばかりで「そういうこと言ってるから浮気されんじゃないの?」と呆れながら言った。
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