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不意討ちに叶衣はそのままふと動きを止める。フリーズさせる魔法でも使われたのかと思えるほどに璃空の顔をじっと見つめたまま動けなかった。
「俺、今まで全然1番とか興味なかったんだよね。勉強もスポーツも1番とってもなんとも思わなかった。大学入って律と蓮の方が頭がいいってわかっても、それに対してもなんとも思わなかった。でも俺、今叶衣の中の1番に興味津々」
そう言って璃空は、見たこともない柔らかい笑顔を叶衣に向けた。
ズギューーン!
叶衣はぎゅっと心臓を掴まれたように胸が痛くなる。
撃たれた? 今、なにか撃たれたのか?
動悸のする胸を押さえる叶衣。
弱っている心にこの言葉も笑顔も毒だ。そう思いながらも、おそらくこんな璃空の顔は私しか知らないだろうとほとんど確信に近い。
それから璃空は、持っていた右手のスプーンの柄を叶衣の顎の下にあてがう。少し上を向かせ、更に座高の高い璃空との視線をちゃんと合わせられた。
スプーンによる顎クイ。直接触ってこないところがまたいやらしい。
そんなことを思いながら、叶衣はじっとその美しい顔に見つめられる。
「好きになってもらった人を愛す方が幸せになれる気がするって言ったのは叶衣の方だよ。だから俺、手加減しないからね」
ニヤリと笑ったかと思えば璃空はすっとスプーンを退けて、そのまま立ち上がった。既に空になっていた皿とスープカップとを持ってそのまま対面のシンクへと向かった。
叶衣はロボットのようにぎこちない動きで再び皿に視線を落とし、おとなしく残りのオムライスを食べ始めた。
璃空は、水を出してスポンジに食器用洗剤を垂らしながら、下を向いている叶衣の耳が真っ赤になっていることに気付き、ふっと笑った。
璃空が泡を流し終わる頃に食器を持った叶衣がちょこちょことやってくる。
横に並んでそれらをシンクに置くと「ご馳走さまでした」とほんの少しだけ頭を下げた。
璃空は、瞳を揺らしてその姿を凝視する。普段ハイヒールを履いた叶衣と並ぶ時には、なにも感じたことはなかった。
しかし今日はやけに小さくて、叶衣ってこんなに小さかったっけ? と自分の肩よりも下にある頭上を見ずにはいられなかった。
それから蓮と別れた事実と自らの想いを伝えたことを思い出し、なんの問題もないと思ったらそのまま抱き締めてしまいたい衝動に駆られた。
落ち着け、俺。今はまずい。
そう自分に言い聞かせて「お粗末様でした……」とだけ言って叶衣が使用した食器をそのまま洗い始めた。
洗い物を終えた璃空は、そのまま洗面所へ行き、歯磨きをする。食べたら磨く。いつもの習慣でつい無意識にそうしてしまった。
ただ、すぐに違和感に気付く。鏡に写った叶衣の姿。
「自分ばっかり歯磨きとかずるい」
むくれた叶衣の姿に思わず笑い、璃空は未開封の歯ブラシを叶衣に手渡した。
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