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歯を磨き終わるとすぐに璃空が手招きをする。疑問に思いながらも叶衣がついていくとそこは寝室だった。
真ん中にどんっと置かれたダブルベッド。黒と光沢の黒とのストライプ柄が高級感溢れるシーツ。その向こう側は一面窓ガラスで、縦のブラインドカーテンが覆っている。
リビングから差し込む光で、中は見えるが薄暗い。
「なっ……な、な……」
叶衣は激しく動揺する。男の家に招かれ、好きだと言われ、顎クイまでされたのだ。
そのまま寝室に通されれば、29歳女性が考えるのはアダルトなシーン。
叶衣の脳裏にあぁ~んという効果音が響く。
先に寝室に入った璃空が、掛け布団を捲った。ピッタリと張られたシーツが璃空の几帳面さを表している。
「はい」
布団を持ち上げたまま、顔だけ叶衣に向ける璃空。
「はい、じゃない!」
「なに?」
「なにじゃないわ! あんたねぇ……」
まさか、こんなに手を出すのが早い男だとは思わなかったとキッと璃空を睨み付ける。
けれど璃空は表情を変えず「いいから、寝たら。起こしてあげるから」と言った。
「……へ?」
「昨日、一睡もしてないんでしょ? 寝ないと体壊すよ」
そう言われて叶衣はピタリと動きを止める。
え……? え? 私の勘違い……? え、恥ずかし……
先走った思考に穴があったら入りたいほど羞恥心が込み上げる。
璃空には会った時からお見通しである。普段よりも濃い目のアイカラーは、腫れた目とクマを隠すために厚塗りにされたものだと。
一晩中泣いていた叶衣が昼間に蓮に別れを告げ、そのすぐあとに璃空に連れ去られたのだ。
情緒不安定な叶衣が眠気を忘れて気丈に振る舞うが、眠れない体が悪循環を及ぼすこともわかっている。
璃空の料理によって腹は満たされ、散々声を張って少し疲れたところだ。そこへきて寝てもいいと言われてベッドを用意されれば、とろんと眠気が襲う。
「今14時頃だから、とりあえず3時間くらい寝ればいい? あんまり寝すぎたらまた夜眠れないでしょ?」
「……うん」
璃空の優しさを感じながら、言われるままにベッドに潜り込む。ひんやりと冷たいシーツが体の熱を奪っていく。
しかし、そのまま布団を被されて、ふわっと璃空の匂いが鼻を掠めた。
ーートクン
ゆっくり、大きく1つ、胸が高鳴った。
安心して眠れそう。そう思うと瞼が重くなる。
「蓮のことは性欲お化け扱いしてたのに、期待するなんて叶衣も中々好きな子だね」
そう頭上から声が降ってきて、いい具合の眠気がぶっ飛ぶ。かあっと熱が上昇し、「黙れ! この変態!」と自分が頭を預けていた枕の隣に置いてあった枕を璃空に向かって投げつけた。
「あっぶな。じゃ、5時頃ね」
軽やかに枕を避けて、爽やかに去っていった璃空。
「あー! ムカつく!」
叶衣は頭からすっぽり布団を被り、ふてくされるように目を閉じた。
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