15092人が本棚に入れています
本棚に追加
/307ページ
5回ほど繰り返して、主は出た。
「なに?」
第一声がそれかと言いたい。
「……蓮ちゃんが射精したかもしれない」
あんまりにも色んなことを考え過ぎて、叶衣が発した言葉はそれだった。
「……は?」
「……間違えたわ。浮気してるかもしれない」
「だとしたら射精はあながち間違いじゃない」
笑うでもなく、馬鹿にするでもなく、淡々と答える璃空の抑揚のない声に、叶衣の方がふっと笑う。
「なに笑ってんの? 蓮、浮気したんじゃないの?」
ゆっくり、ゆっくり話す璃空。
ああ、寝てたんだ。そう叶衣は思って、ようやく夜中の0時を回っていることを思い出した。
「ごめん、寝てたよね」
スマホを耳に当てながら、ゆっくり歩く。12月だというのに、例年よりも暖かい気がする。
ショートボブにしたばかりで、首もとがまだ慣れずにスースーする。長年ロングヘアを維持してきたのだけれど、残業が多くなりシャワーを浴びるのも、長い髪を乾かすのも面倒でバッサリ切ってしまった。
「俺、長い方が好きだったな。女の子らしくて」
そう蓮は言ったが、「髪短いの楽だし、けっこう好評なんだよ。切って良かったって思ってる」と叶衣は言い返した。
それに反して、七海の髪は蓮好みの腰まであるロングだ。「巻き髪よりストレートの方が上品で好きだな」そう蓮が言った。
半年前から急にストレートパーマをかけた七海の変化を疑うべきだったと、叶衣は指に巻き付ける長さもなくなったえりあしを触りながら思った。
「あー、別に。明日休みだし」
ああ、そうか。土曜日の夜か。そう叶衣は思いながら、1人こくりと頷いた。はあっと息を吐いても、空気が白くなることもない。
温暖化、最高かよ。そう思いながら、コートのポケットに手を突っ込む。
「そっか。私、来年30なんだよね」
「うん。知ってる」
「30までには結婚したいって漠然と考えててさぁ……」
「うん」
「来月記念日なんだ」
「そう」
「……これ、終わったやつだよね?」
ピタリと足を止め、叶衣は蓮の住むマンションを振り返った。ちらほらといくつか部屋の灯りが見える。土日休みの人間が多ければ、夜更かしする人間の数も増える。
どこが蓮ちゃんの部屋だったか。そう思ったが、何階の~なんて数えるのはやめた。
最初のコメントを投稿しよう!