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璃空はふいっと視線を逸らし、グラスをシンクに置くとそのまま寝室へ入っていった。
一瞬、機嫌を損ねたか? と首を傾げた叶衣だったが、璃空はすぐに服を着た状態で中から出てきた。
叶衣はその姿を一瞥してそのままスマートフォンをテーブルに置くと、フォークを持って「いただきます」と言った。
一口入れた途端にふわっと香るベリーとチョコレートとカスタードクリーム。そこにタルトの生地が相まって、とんでもないハーモニーが生まれた。
「やば、うま……」
叶衣は倒れ込むようにしてカウンターに伏せる。こんなに美味しいケーキは久しぶりに食べたと顔を綻ばせた。
その様子を見て、璃空も自然と笑みが溢れた。
「ねぇ、これ作るの難しくないって言った?」
「うん。カスタードもちゃんと作ると手間も時間もかかるけどレンジ使って時短してるから」
「……そんなことできんの?」
「うん。そりゃ、ちゃんと手間かけた方が美味しいけどね」
「いや、これ十分美味しいよ! ねぇ……レシピとか教えてくれたりする?」
叶衣はおずおずと立っている璃空に座った状態から視線を向ける。自然と上目遣いになる視線に、璃空の心はぐっともっていかれる。
こんなに可愛い顔でお願いされたら断れるはずがない。ないのだが、料理嫌いの叶衣がなぜレシピを知りたがるのかと疑問は残る。
「自分で作るの?」
「ううん……簡単なアレンジレシピを商品に付けたらどうかなって思うの。ビジュ、高すぎて売れないから……絶対に売れます! って意気込んで売り込んじゃった。
卸し先、いつもお世話になってるいい人達ばっかりなんだ。売れなきゃかなりの赤字になるのに、お店に置いてくれたの。だから、ちょっとでも売れる方法見つけたい」
そう愛しそうにビジュを見つめる叶衣。自分がデザインしたわけでも、作ったわけでもない。ただ、開発部と制作部の思いを汲み取って、なんとか数字にしようとする営業の叶衣。
彼氏と親友に裏切られたこんな時でも仕事の話か、と璃空は肩の力が抜けた。ふと軽くなった体。
叶衣のためになるのなら、なんだってしてあげたかった。
「いいよ。社用のSNSに載せるなら、そこにこのレシピも載せたらいいよ。ビジュを使ったアレンジレシピ、いくつか考えとく」
「え……でも。さ、さすがにそこまではしてもらえない!」
一瞬、叶衣の中に期待が膨らんだ。けれど、すぐに考えを正す。ここまでしてもらって更に仕事の面でも璃空に頼るのか、と璃空の優しさに甘えようとしている自分に気付いたのだ。
璃空にはそんな叶衣の性格すらもわかりきっていることで、ふっと口角を上げる。叶衣の隣にストンと座り、口の端についているカスタードクリームを右手の指先でなぞった。
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