相応しい嫁

1/24
前へ
/307ページ
次へ

相応しい嫁

 月に2回美容院でメンテナンスを行っているしなやかで艶のある髪。櫛でとかすたびに天使の輪が上下する。  鼻歌を歌いながら上機嫌の七海は、両手を髪の下に差し込み、左右外側へ流した。毛先の細い美しい髪が一度も絡まることなくさらさらと舞う。お気に入りのトリートメントの香りが、また七海の心を落ち着かせた。  先ほどかかってきた蓮からの電話。蓮から連絡がくるだけで胸が高鳴るというのに「叶衣と別れた」そう言われたら笑みが込み上げないわけがない。 「なんで? 何で♪」  声が弾んでしまいそうになるのをぐっと堪え「何があったの?」と静かに尋ねた。 「叶衣にバレた」  そう聞いた瞬間、胸がざわっとした。叶衣にはバレないようにしていた。叶衣の前でもなるべくいつも通りに。璃空には話したが、あの性格の璃空が叶衣に告げ口するとは考え難い。だとすれば……と思考を巡らせたところで「昨日の、マンションの前で見られてたみたい」と蓮が言った。  叶衣は大切な友達だった。敵対心を持ち、女子力で争おうとする女達が多い中、叶衣だけは本心で「七海って本当、綺麗。女の私でも憧れる!」と言ってくれているようだったから。  短気で強情。すぐに他人と比べたがる七海が唯一競争心を燃やさずに接しられる相手だった。  七海がこうなったのも、幼い頃からの環境が少なからず影響している。 『七海ちゃんは美人でいいわね。うちの子なんて男の子みたいでしょ? こんなに小さい頃から美人さんなんてできあがってるわね』 『あら、七海ちゃんまた1番だったの? 頭がいいのね。こんなに綺麗で頭もよくて、将来は手の届かない子になっちゃいそうね』 『七海ちゃんちは皆弁護士さんだものね。当然七海ちゃんも弁護士さんになるんでしょ? 頭いいものね。美人弁護士なんてカッコいいわね』 『七海ちゃん、お料理もできるんですって? できないことなんてないのね。完璧な人って生まれながらにして完璧なのね』  昔から何かにつけて褒められてきた。いや、褒められていると見せかけて完璧を強いられてきた。  周りの人間にとって七海が美人で頭が良く、仕事ができて料理上手なことなど当たり前だった。幼い頃からずっとそうだ。勝手に周りと比べられて、順位をつけられる。それは決まって1番で、すごいと言いながらもどこかで七海が堕落していくのを期待している。  絶対周りの人間達の思い通りになるものか。そう思って勉強も体作りも肌や髪のメンテナンスも人一倍努力してきた。  努力さえすれば、手に入らないものなどなかった。人の感情以外は。
/307ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15800人が本棚に入れています
本棚に追加