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七海は瞳を揺らし、息を飲む。「二度と会わない」その言葉が激しく胸を打った。
「ごっ、ごめんなさい! こんな時に、私……配慮が足りなかったよね。……お願いだからもう二度と会わないなんて言わないで」
七海はすがるように手を伸ばし、蓮の服の裾を掴んだ。
蓮は目頭をぐっと押さえ、怒りさえも抑えようと努力する。深呼吸をしてから静かに「叶衣から璃空に連絡がいった」と言った。
「……璃空?」
璃空の名前を聞いて、七海は鼓動が速くなるのを感じた。蓮には七海と璃空とのやり取りなど知られていないはずだった。いつの間にか、璃空と叶衣が直接連絡を取るほどの仲になっていた。ということは、璃空が叶衣に七海からアプローチを仕掛けたことを言ったんじゃないか。そう七海の胸はざわつく。
「叶衣、俺には七海とのこと言わなかった」
「……え?」
「直接俺達が一緒にいるのを叶衣が見て、それを璃空に相談してたみたい。でも、俺には好きな人ができたって言ってきた」
「ん? ……それって、浮気してるのを知ってて責めてこなかったってこと?」
「うん」
「……なんで?」
七海は、顔をひきつらせて首を傾げた。七海には全く理解のできないことだったからだ。これが反対の立場だったとしたら、七海はひっ掴むくらいの勢いで罵声を浴びせたことだろう。
それが怒りもせず、責めもせず、あろうことか自分に好きな人ができただなんてことを言うものかと信じられずにいた。
「多分叶衣は、俺達が叶衣にバレたことを知ってるって知らないんだと思う。俺は璃空から聞いたけど、多分璃空はそのことを叶衣には言ってない」
「え? え? 余計わかんないんだけど……。じゃあ、叶衣は自分に好きな人ができたから別れたってことにして、蓮はそれを信じて実際別れたって思ってることになるけど」
ややこしい解釈に、いくら頭の回転が早い七海でもこんがらがる。ようやく蓮の服を離し、普段の調子で会話ができたところで「多分そういうことだと思う」と静かに蓮が言う。
全貌が見え、璃空の行動も叶衣の行動も読めた七海は、口角が上がりそうになるのを必死で耐えた。
だめだって、ここで笑っちゃ。七海、落ち着くのよ。さっき不謹慎だって怒られたばかりでしょ。
ああ、でもやっぱり無理。笑っちゃう。だって、それって叶衣から蓮を振ったみたいじゃない。浮気に気付いてるくせに、責めもせずに身を引いたなんて馬鹿みたい。
私から蓮を取り戻せる自信がなかったの? それとも、拗ねちゃったの?
2年も付き合っておいて、見栄張って自分から別れるなんて、こんなにいい男手放してどうすんのよ。
込み上げる笑いを必死に堪え、動揺しているふりをして七海は蓮に背を向けた。
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