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車の前まで来た。昇進祝いに買ったスポーツカーだ。マフラーを4本出しにして、スポイラーをつけた。エアロパーツをふんだんに付けた車を、皆かっこいいと褒めてくれたが、「女が乗る車じゃない」そういった声もあった。
「自分の好きなものを人目を気にせず好きだって言えるのってかっこいいことだと思うよ」
そう蓮が言った。叶衣は余計に蓮が好きになった。けれど、いい車だともかっこいい車だとも言わなかった。そう、褒めてはくれなかった。
お気に入りの車に乗り込む。エンジンをかける。まだ暖まったままのエンジンは、エアコンを入れると直ぐに温風が足元を包んだ。
「もし、何も知らずに結婚してたらさ、ずっとこれから先も続いてたかもしれない」
車とスマートフォンの回線が繋がり、車内から向こう側の音がする。
「その時は、さすがに言ったよ。不倫は法に触れる」
車内に響く璃空の声に、璃空らしいと叶衣は頬を緩めた。冷たくなった指先でハンドルを握った。
「未婚の内は法に触れないからいいんだ」
「そういうわけじゃないけど、俺にも叶衣に対しても後ろめたさがある内は、多分叶衣のこと幸せにできないじゃん。だからさ、結婚やめさせたと思う」
「……そしたら私、いつまで未婚なの?」
「……叶衣はもう結婚したいの?」
「30までには」
「あと1年ないね」
「……さっき言ったじゃん」
何度となく繰り返される会話に肩を落とし、叶衣は車を発進させた。蓮にメッセージを入れてしまったため、返信のない叶衣の車を確認しにくる恐れがある。そう思った叶衣は、一刻も早くこの場を去ることが得策だと思ったのだ。
「で、別れるの?」
「……別れるよね」
「そしたら、蓮と七海結婚するかもよ」
「かもね」
「悔しくないの? 彼氏と親友に裏切られて」
「あんたの親友と妹だよ」
「耳が痛いよ」
平然と璃空は言う。
なんて変な人なんだろう。「うちの妹がごめんね」くらい言ったらどうかと今になって憤りが沸き上がる。
「……私、なんで璃空にかけたんだろ」
「俺に責任取れって罵声を浴びせるため?」
「そんなことしないよ。選んだのは蓮ちゃんで、わかってて近付いたのは七海だし。悔しいのはさ、こんなんでも蓮ちゃんのことも七海のことも嫌いになれないんだよね……」
ハンドルに向かって声をかける。ジュースホルダーに置かれたスマートフォンは、明るく車内を照らしている。
ウィンカーを左に出して角を曲がる。見慣れた景色が悲しく映った。
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