15095人が本棚に入れています
本棚に追加
/307ページ
本気で好きになった人。今後、蓮ほどの人には巡り会えないだろうと叶衣は思う。それは七海も同じだった。社会人になってからできた親友。
大学時代の友人に呼ばれてランチをした時、同じ中学だったと紹介された七海。共通の友人を持ちながらも、気付けば七海と2人で会うことが増えた。
七海の実家に遊びに行くこともあったし、七海の両親に気に入られ、家族旅行に一緒に連れられて行ったこともあった。その時も、実家を出ていた璃空の姿はなかったため、七海の兄弟は既婚者の兄、大地だけだと思っていた。大地の妻子とも仲良くさせてもらい、家族ぐるみの付き合いだった。
散々よくしてもらい、叶衣も七海のことが好きだった。彼氏をシェアしていたという事実を聞かされても、今までの思い出がなくなるわけではなかった。
「俺が言うのもなんだけど、七海ってそんなに性格良いとは思えないけど」
「いや、ほんと少しくらい褒めてやんなよ。七海はさ、美人でスタイルよくてそれでいてサバサバしてるから男女問わず好かれるわけよ。言いたいこと言って、自分持っててカッコいいじゃん。それでいてあんまり人の悪口言わないもんだからさ」
「……そう思わせといて男とられてりゃ世話ないね」
「嫌な言い方するよね」
「事実しか言ってない」
「あー……。ちょっとまだ気持ちの整理がつかないわ。蓮ちゃんも七海も好きだったからなぁ。想像しただけでめっちゃお似合いなのがまた胸糞悪いよね」
「もはや悪口」
「これだから顔のいいやつらは嫌なんだ」
「僻みか」
「あんたはいいよ。その美しい顔でいくらでも女を誑し込めるんだから」
「……ろくなこと言わないよね」
静かな声が帰ってくる。呆れているのか、怒っているのか、あるいはなにも考えていないのか、全く読めない声。
信号待ちで停まった車。さすがに12月の真夜中には誰もいない。街中から外れた田舎道では尚更だ。
信号が青に変わったと同時に発進させる。弁護士と会話をしているというだけで、妙に見張られている気分になって法定速度を守ってみる。
昔、たばこ屋さんだった角を曲がると、住み慣れた家が見えてくる。蓮のマンションに比べれば見劣りするが、未だ実家から出たことのない叶衣は、住み心地の良さに満足していた。
「家着いた。また明日電話する」
「そ。まあ、1日考えたらいいよ」
素っ気ない返事と共に、向こうから電話が切られた。出会ったばかりの頃の叶衣なら、気を悪くさせただろうかと不安になるところだが、璃空がこういう男だと理解している今、通話が切れたスマートフォンに目も向けずにいた。
軽やかにバッグで駐車し、エンジンを止めた。
スマートフォンを手に取ると、蓮からのメッセージ。
『忘年会終わったの? 俺もまだ寝付けなかったところ。待ってるね』
それを読んで舌打ちする。
「誰が行くかよ、クソ」
スマートフォンに向かって目を細め、指先は文章を打つ。
『酔ってたみたい。気付いたら家にいたわ』
憤りもあって、優しい言葉も気の利いた言葉も思い付かなかった。
「……何で私が気を使わなきゃならんだ。この性欲お化けめ」
叶衣は悪態をつきながらスマートフォンをバッグの中に放り込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!