シャドウ

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 先週の土曜日だった。暦がちょうど師走に足を踏み入れた日。私も夜になると、未踏の駅に降り立っていた。普段の私なら忌み嫌うような、お洒落の殿堂として名高い場所だった。  明後日には、響子の誕生日が控えている。彼女にとっては、幅広い交友の網にかかった一匹に過ぎないのかもしれない。それでも私からしたら、大切な友達だった。彼女のハマっているブランドは数か月前から調査済み。通販をメインに展開していたため、店舗となると少し遠出になってしまった。  案の定、店では自分の選択に自信が持てなくなり、贈答品としてオススメな口紅とリップの二択にまで絞ってもらった。響子は私より数段、目鼻立ちがハッキリしている。海外の血が混ざっている、と言われたら鵜呑みにしてしまう。深紅のルージュを塗っても許される人種だった。  意気揚々と店を後にすると、せっかくなので足を延ばしたくなった。ブランド品を携えていると、この街を歩く資格があるように思えた。  街路樹はすでに電飾を纏っていた。確かに綺麗だけれど、風来坊である私には、木々が命を削って発光しているようにも見える。闇夜を照らす光に群がる人は私だけではなかった。家族連れ、老齢夫婦、そして、一際背の高い倉敷くんと、私だけの腕にしがみ付いている響子。  なぜ私が気を遣ったのか、これ以上見てはいけない、と思った。  見間違いかもしれない。  そうだ、きっと瓜二つの別人で……。  突如として頭部を鷲掴みされ、後方にグンッと引っ張られた。    夜を彩る光の粒が、二人を追うためのサーチライトに格下げされる。  《あなた》は無心で跡をつけた。眩い二人の反対には、対照的にべったりと影が伸びている。 「ねぇー、何であんな女にしちゃったの?」  甘ったるい声が飛んでくる。 「怖いモノ見たさ、ってあるじゃん」 「だったら、さっさと別れてよ」 「理由なくは危険だろ。ヘンに恨まれて会社に言い触らされても面倒だし」 「メンヘラ女ならやり兼ねないー」  二人はケタケタと、意地汚い笑い方をしている。 「だったらさ……」  響子は悪巧みをした横顔を見せた。大きな輪を描いた金のピアスが反射して煌めく。耳ごと引き千切りたい、と躊躇なく思った。 「会社も辞めさせればいいんじゃない?」  二人は角を曲がると、ホテル街へと消えた。  ……《コロス》、《コロス》、ころす。  ……《殺してやる》。  《あなた》の衝動とは裏腹に、足は駅方面へと進んでいく。大股開きで堂々と歩いたものの、所詮は悲壮感を上書きしているだけ。 「あら、もしかして和泉さん?」  斜めから声をかけられたが、足を止める余裕はない。ただ足元の、次の一歩だけを考えるように努める。私は家の鏡に辿り着くまで、一滴も涙を流さなかった。  月曜日には何食わぬ顔で出社して、後藤さんの発言に戸惑い、響子とランチを共にした。 「響子、お誕生日おめでとう!」  私はあの帰り道にも、片時も離さなかった例のプレゼントを渡していた。
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