米粉パンの取材

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米粉パンの取材

 今日は番組の取材で「さんご製パン」という店に来ていた。新後市から高速で一時間ほどの所にある鶫(つぐみ)市。  鶫市は、金属加工の分野において世界的に有名だ。誰もが知るスマートフォンの鏡面(きょうめん)加工は、それはもう鏡のように美しく磨き上げられ、時の総理も訪れて絶賛したほどだった。  ……まあ、私は何よりも食べ物だけどね。  背脂がたーっぷり乗ったラーメンに、鶏肉のレモン和えでしょ、あとはカレーラーメン! ……あ、これは鶫市の隣の金栄(きんえい)市だった。これをテレビで言った日には、苦情の電話が止まらなくなっちゃうからねぇ。  で、今日はその新たなグルメに、名を連ねるかもしれないパンを取材しに来たのだ。  普通の小麦粉で作ったパンではなくて、米粉で作ったパン。何十年前かに少し食べた記憶がある。でもそのとき食べて、私的にそのまま忘れ去られたかのような存在。いきなり再びひょこっと現れて、鶫市を中心に旋風を巻き起こしているとのこと。 「お待たせしました。食パンです」  黒髪をサイドテールにした少女のような娘(こ)――星名(ほしな)依吹(いぶき)ちゃんが持ってきてくれた食パンからは、香ばしくおいしそうな匂いがした。 「わあ~、これが米粉で作った食パンですか」  切り分けられたパンをひと口。もっちりしっとりしている。小麦粉のパンと遜色がない。甘味が噛むごとに広がり、ジャムやバターをつけなくても何枚でもいけるやつだ。  何枚か食べて星名さんのことを少し掘り下げる。 「星名さんが『さんご製パン』さんのところで働こうと思ったんですか?」 「月並みですけど、学生時代に食べて感動しました! 普通のパンもおいしいし、米粉で作られたパンも小麦粉に負けずにおいしい。私は将来、何十年後かになるかわかりませんが、独立してパン屋を開きたいと思っているんです。それまで修業させていただくにはここしかないなと」  星名さんの斜め後ろで控えていた女性が強くうなずいた。この人が店長の三五(さんご)さん。金髪のショートを不揃いに切ったような髪を揺らしている。 「すごい話ですよね。学生のころは牙を隠してただただアタシにベッタリだったのに。  ウチに正社員で就職する寸前に、ちゃんとした理由を話すからって。それが将来独立したいから修業させてくれって。なかなか本心であったとしても、言えないですよね。ホント、依吹は向上心と野心の塊のような奴でして」  言葉とは裏腹に、三五店長の口ぶりは軽やかで嫌味ったらしくない。きっと、将来競う相手ができて嬉しい気持ちと、負けてられない対抗心が胸の中にあるんだろうね。 「もう、その言い方はやめてくださいって言ってますよね」  星名さんが頬を膨らます。まあ、そう取られてもしょうがない言い方ではあるよね。 「テレビの前で怒らないの。カレーパンを持ってきなさい」  納得いかない顔でカレーパンを厨房のほうから持ってきた。 「どうぞ、カレーパンです」  ここの看板商品であるらしいカレーパン。だが、なんの変哲もない、普通のものに見える。  半信半疑でかぶりつく。……お、食べてみるとまったく違う。たくさんのスパイスが効いた独特な味わいがしつつも、基本線の辛味とうま味を邪魔しない。口に入れるたび、食欲が刺激されるそんなカレーを使っている。  また、米粉パンとの組み合わせがバッチリなのよ。相乗効果の連鎖が口の中で繰り返され、その都度味覚を通して脳を突き刺すような快感が直撃しているよう。  野菜はペースト状で、肉はゴロッとした牛肉。長時間煮込まれて柔らかくなったそれを噛むと、瞬く間に消えていく。なんとももったいない思いになってしまう。 「カレーパンに関しては、隣の金栄市のとあるお店からカレーレシピを教えていただきました」 「ええっ? よくそんなことができましたね!?」  私がビックリしたのは、鶫市と金栄市は仲がめちゃくちゃ悪いからだ。新後県内でも有名な話で、昔、鶫で作った製品を金栄側が買い叩いたことが遠因らしい。他にも高速道路のIC(インターチェンジ)と新幹線の駅名問題など、対立の歴史は今なお綿々と続いている。 「金栄市も新後市にも負けたくない気持ちがあって、いろんなことがあった末協力するに至りました。鶫市も金栄市も打倒、新後市! だそうです。そうですよね? 店長」  この三五店長は、若くして交渉術に長けている人なのだろうか。何百年かかっても無理だったのに、よくここ何年かでそこまでの仲まで修復できたものね。 「アタシたちは互いに持ち味を共有し始めました。話はこちらから持ちかけました。昔にどんなわだかまりがあったかは、今となっては知ったこっちゃありません。アタシたちは今を生きているんです。今を手を取り合って仮想敵を作って張り合っていかないと、鶫、金栄及び新後全体が活性化しませんから。  それに、このまま関東に人を取られたくないですからね。地方は地方で名産を作って、最終的には関東と勝負できるジャンルがないと、駄目だと思うんですよ。競争は利益を生みますし、お金に余裕ができればいろんな所に使えますから」 「なるほど。地域のことや、ひいては新後県全体のことも考えていると」 「はい。微力ながら新後で生まれたからには、新後で育って、勉強して、働く。関東に出て行かない環境作りをする。そうなればいいなとアタシは強く実感しています。新後はまだ空港も新幹線もあって、海も山もある。めちゃくちゃ恵まれているほうなんですから。いくらでも活かしようがあるんです」 「確かに、人材の流出が痛いですね。今はインターネットでいくらでもなんとかなりそうなものですが……って、何やら壮大な話になりましたね」 「すみません、ただのパン屋の店長がナマ言っちゃって」 「いえいえ、立派な志(こころざし)を持っているのはいいことですよ」 「そういえば、贄さんは女子アナになったんでしたっけ?」  星名さんがAD(アシスタントディレクター)の安達(あだち)くんのカンペを見て、お決まりとも言える質問をしてきた。 「あ、それ聞いちゃいます? 私ですねー、新後の美味しいものをたくさん食べたかったから!」  私がアナウンサーらしからぬひと言を言って、 「そろそろダイエットしてくださいね」  と、星名さんが苦笑いで言い、ロケの収録が終わったのだった。
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